「「桐島」も「うっちゃん」も人物像は浮かび上がらず」「桐島です」 たずーさんの映画レビュー(感想・評価)
「桐島」も「うっちゃん」も人物像は浮かび上がらず
「フロントライン」「でっちあげ」と事実に基づいた秀作を観たあとだったからか、古舘寛治さんの「逃走」を見逃してしまって同じ人物を扱った作品だからか、はたまたTVドラマで印象に残る演技をする毎熊さん主演への期待感もあったか、前売り券を買っていた本作。いずれにしても、105分の尺を持て余していると感じるほど内容が薄くて少し期待外れだった。
本人は死の淵に立って本名を名乗って、それから数日で亡くなっているし、取材相手は長いこと勤めていた会社の人たちや常連だったライブハウスの店主と客たちなんだろうけど、深い話は聞き出せていないんじゃないだろうか。
長く働いていて関係も良好そうな職場。だからこそ免許も取れない、健康保険加入の固辞など事情を察するような何かはあったと思うのに、そのあたりは描かれない。会社側も何かはあると思いながら雇っていた後ろめたさでもあるのか、問題を起こさない限りは匿ってやりたかった的な感覚でもあったのか、そんなことは話せるはずもなく、映画でも当然描かれることはない。
結果、あまりに薄くてよくわからないので映画.comにあった監督インタビューを読んでみたら、“うっちゃん”の心を捉えたあの歌は、事実(取材)に基づいたものじゃないとのことでのけぞってしまった(若いときに恋人と観た映画もね)。
素晴らしかった北香那さんの歌もフィクションなんかーーい!長尺だった“うっちゃん”のギターの練習と歌のシーンって、いったい何を見せられていたの?という感覚になってさらにがっかり。
全体的に真実味が感じられなかった理由も、非常に重要な役割だったはずの歌すら、監督の想像上の“うっちゃん”こと桐島の心情でしかなく、事実に基づいてはいなかったからなのね、と妙に納得。今は古舘寛治さんの「逃走」の配信スタートを待ちたい気持ち。
あ、毎熊克哉さんは監督の意図のもとで、一人の人物の50年をよく演じられていたと思う。ライブハウスの最初のダンスのシーンは絶妙なリズム感のなさが巧みで笑わせてもらいました。

