グッドワンのレビュー・感想・評価
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怖い映画
ロケーションで見せる自然の包容力と、女の子の心の機微
17歳の女の子サムは、父親とその友人との3人で山歩きのキャンプにいく。
父親が山好きらしく、サムもそこそこ山歩きはわきまえている。
山歩きと言ってもそこらのハイキングコースの散策ではない。3日間キャンプしながら深い森や岩場を歩くのだ。
サムは父親を嫌いなわけではなさそうだが、喜んでついてきた訳でもなさそうにも見えた。
父親のクリスは、時に友人のマットに対して高圧的だ。
二人は若い頃からの付き合いで、キャンプ仲間でもあったようだが、マットは然程アウトドア慣れしていない。そんなマットをクリスはどこか見下したところがある。
それをサムは感じ取る。
森での最初の夜、たまたま若いキャパーたちと一緒になるが、二人は彼らをそっち退けで自分たちにしか通じない昔ばなしを延々続けたりする。
そこで、キャンプにマットが連れてきた女が一人で帰ってしまったという思い出話になる。二人はその彼女が変わり者だったと言いい、一人でどこに行ったのかその後の行方も知らないと言う。山深いキャンプ地だったとすれば、その女性は無事に帰れたのか心配ではないかと思うのだが、それこそその彼女は二人に辟易として逃げ出したとも思えなくもない。
一見ヤンチャそうで実は聡明なサムは、このときすでに父親たちの思慮の浅さに気づき始めていた。
主人公のサムを演じるリリー・コリアスは本作が初主演とのこと。
監督・脚本のインディア・ドナルドソンは、『カクテル』(’88)や『スピーシーズ』(’95)などの監督ロジャー・ドナルドソンの娘さんで、本作が長編デビュー作とのことだ。
サムが思うこと・感じることは、言葉では語られない。
唯一、父親にあることが「気持ち悪かった」と感情を吐露する場面が終盤にある。それに対する父親の反応が決定打となり、サムはある行動に出て、物語は結末に進む。
あの父親たちの若い日にキャンプから姿を消した女性が、この結末の布石だったのかもしれない。
ハイティーンという年ごろは多感な時期だし、色々と思慮の幅も広がってくる。大人の小ささも見え始める頃だ。
それは、男より女の子のほうが顕著だろうと、男の私は思う。男女の精神年齢の差が大きく開く時期でもある。
50代半ばのクリスとマットは、典型的な“男の子ジジイ”だ。女の子の気持ちなどに理解は及ばない。
結局、サムの最後の行動も彼らには理解できないのだ。かく言う私にも。
この映画はこれといって起承転結がある訳ではないのだが、森林や岩場、渓流や湖など山の深くを俳優たちが歩く姿をロケーションで見せていくところに惹きつけられる。
オープニングに映し出される河原に積まれた石が、終盤に映し出される。そこは三人が辿り着いた岩場の渓流の河原だった。点々といくつも置かれた積石は、誰によるものなのか…。
キャンプの一夜目でサムがインスタントラーメンを作り、三人は美味しいと言って食べるシーンがあるが、すすらずに食べるラーメンはどうも美味しそうに見えないのだが…(笑)
男の子は頭の中に大宇宙が広がっているが、女の子は心の中が深い無限の大宇宙なのだなぁと、この映画で感じた。
おっさんホラー映画
生理中の娘とパパがパパの友だちと3人でキャンプに出かける。冒頭から不穏さしか感じない。
パパは真面目で責任感はあるが、堅物で面白いことは言わない。友だちのマットは役者なのか多少は柔らかいみたいだけど、感情的で子どもっぽい。娘の立場からすると楽しいわけがない。だけど、今まで同様、親が望むいい子を演じる。
作り手が、キャンプ夜話のシーンで、これはホラーなんだ、怖い話なんだと出演者に語らせる。
「ブラックボックスダイヤリーズ」でも捜査官Aが発した、無邪気だけど、絶望的な一言。おっさんが娘にかける一言で物語が動く。
離婚というギクシャクした家庭で育った子どもは、反抗期が送れないという示唆がある。親にとって理想の子どもを演じることはできるが、親への反抗心がないから自我が確立しない。
人間にとって一番怖いこと、それは?
アップデートされない中年男たち
優しく、そして痛快な映画でした。
父親とその友人が、娘のサムと三日間の登山キャンプに出かける。サムはまもなく大学生になる年頃で、優しく気遣いのできる性格。ガサツで話の通じない中年男たちに対応し、忍耐強くその場の空気を取り持っていく。
だが、父親の友人のあまりに非常識な言動にショックを受け、父親に注意を促す。父親はまったく意にかけず、逆に彼女に的外れな教訓を垂れる。堪忍袋の緒が切れたサム。しかし父親は、彼女が何に怒っているのか理解できない。
サムは、遂に行動し男たちにお灸をすえる。それは、父親に成長のためのモラトリアム期間を与える行為なのかも知れない。一時が万事。早く気づいてくださいね。
少女とおっさん
26-018
父娘の物語は容易に夫婦の物語にも変換可能
世の父親はサムの助言を真摯に受け止めて、、他人の視点に立てるのだろうか
2026.1.21 字幕 アップリンク京都
2024年のアメリカ映画(89分、G)
父とその友人と一緒にキャンプに行くことになった17歳の娘を描いた青春映画
監督&脚本はインディア・ドナルドソン
原題の『Good One』は「良い子」、スラングでは「大したもんだ」と言うニュアンスの言葉
物語の舞台は、アメリカのニューヨーク
17歳のサム(リリー・コリアス)は、父クリス(ジェームズ・レグロス)とその友人マット(ダニー・マッカーシー)、彼の息子ディラン(ジュリアン・グレイディ)とともにキャッツキル山地にキャンプに行くことになっていた
だが、マットの家庭問題からディランは行くことを拒み、仕方なく3人で向かうことになった
クリスは前妻のエイプリルとの間にサムを授かったがすでに離婚していて、今はケイシー(ディアナ・アーヴァイン)と再婚し、彼女との間に幼い息子ヴァル(ヴァレンタイン・ブラック)を授かっていた
サムは家庭内での居場所に悩んでいて、親友のジェシー(スマヤ・ボーヴァル)を家に呼んでは何気ない日々をやり過ごしていた
キャンプの日、サムは運悪く生理に見舞われて、どことなく体調が優れないままキャンプに行くことになった
ディランの不在によって、父とマットの相手をすることになったのだが、2人はどこか利己的で、父は離婚したばかりのマットを気遣う様子を見せなかった
前妻との離婚の話を娘の前でするなど、デリカシーに欠けた話題が重なり、皮肉と揶揄の入り混じった不穏な会話が展開されていくのである
物語は、道中にてハイカー3人組と出会って火を囲んだりするものの、そこでも相手に配慮のない会話を続けていく父とマットが描かれていく
相手の会話を遮ってマウントを取ろうとしたり、軽はずみな約束を取り付けたりして、サムは徐々にモヤモヤしたものを抱え始めていく
そして、夜のマットとの会話、その後の父の対応によって、限界点を超えてしまうのである
映画は、娘目線で大人の会話を紐解く流れになっていて、当初はそこまで反応しないものの、双方の含みを持たせた攻撃的な言葉によって、サムもそれに加わっていく様子が描かれていく
両親の離婚には双方の悪いところがあったと考えるサムだったが、父はそうとは捉えていないし、マットもそれを認めていないところがあった
サムはディランとステファニー(マットの前妻)の立場になって考えてみたら?と提案するものの、浮気がバレたかバレていないかなどと向き合わない心理状態に苛立ちを見せていく
そして、深夜の会話にて、マットの将来を想像する件では、「25歳の若い女と付き合いだして」と言う譬え話を持ち出し、60歳で子どもを授かったらと言う父の現在を引用したりもする
そうした会話の先に情緒不安定になったマットの「ある言葉」があり、そのことを父に伝えてもサムの心情に寄り添うこともなく流してしまう
この一連の行動によってサムはブチ切れて、静かに2人の元を去り、去り際に怒りを込めて、リュックに河辺の石を詰め込んだりしてしまうのである
とにかく居心地の悪い会話劇が延々と続き、そこに身勝手な心理状態が浮き彫りになることでサムのストレスはピークに達してしまう
河辺の石は「この地で果てろ」と言っているようにも思え、その意図すら2人は理解していない
サムが「相手の立場に立って物事を考えろ」と苦言を呈しても、「賢いね」の一言で終わらせるあたり、「Good One(良い子)」が「Good One(大したもんだ=若いのに賢いね)」に意味がシフトしていく怖さが潜んでいた
ある種の心理的なスリラー的な要素もあり、この集団から抜け出したいなあと思わせてしまう
そう言った意味において、ちょっとホラーにも感じたのである
いずれにせよ、かなり居心地の悪い作品で、父親の高圧的な物言いとか、配慮のなさが一線を画しているようにも思える
世の父親のスタンダードっぽいところもあるのだが、娘目線だとここまで醜悪に見えてしまうのかと驚いてしまう
映画を父の立場で見るか、サムの立場で見るかによって印象が変わるのだが、世の父親がどれだけサムの視点に立てるかはわからない
そう言った意味において、この映画の怖さがわかる人ほどセーフに近いのかな、と感じた
嫌気でイジワル、生理中ノ私。
父クリスと父の友人マットとニューヨーク州キャッツキル山地へ2泊3日で登山キャンプへ出掛ける娘サムの話。
現地へ向かう途中にマットを拾い、車内から始まる他愛のない話、キャンプ地へ着き…レストラン、山中、テントを張る場所と会話は途切れず…キャンプ地での夜、父クリスは酒に酔い独り先に寝て父友マットと2人きりになるが…話し途中に言われる「一緒に寝よう」にキモさを感じ距離を取るが…。
正直ストーリーは何てことない、クリスとマットの他愛のなく配慮のない話、そこにいるサムが聞き役で世話役、キャンプ地に流れる川や景色、その描写にハマるBGMで何か観てて心地いい。
タンポンを替える描写が数回に?お国柄の違いを感じながらも本作の作風は好みだった。
「相手の気持ちになってみて」
劇場でトレーラーを観て興味を持ち、米国映画レビューサイトの評価もなかなか良いということで今週の2作品目に選んだ本作。会員サービスデイにヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞です。
さて、本作もまたレビューが難しいタイプの作品。メインはキャンプ中の二泊三日に起こることですが、その前に出発前夜の旅支度シーンと、キャンプ地・キャッツキルを目前にした一泊を含む計五日間であり、全体として情報量の少ない中において、実はこの“前二日間”にこそ隠れた本質が含まれている気がします。ただそれすら、キャンプ中の夜に酒が入ることで吐露される二人の中年男性たちの言動から、遡って解るようなところがあるため、おそらく観直すと更に気づくことも少なくないはずです。
クリス(ジェームズ・レグロス)は娘のサム(リリー・コリアス)を連れ立ちキャンプに同行する旧友マット(ダニー・マッカーシー)とその息子・ディラン(ジュリアン・グレイディ)をピックアップしに訪れますが、何やら二人は揉めていて結局ディランは再び家の中へ。サムは「ディランを説得しようか」と提案しますが、マットは投げやりにそれを打ち消して自分一人乗車し、キャンプは中年男性二人と17歳の少女の三人編成で実施されることに…
トレーラーの印象ではもう少し「オジサンならではの可愛げ」と高を括っていましたが、むしろ二人のオジサンに対して目を覆いたくなるくらいの醜悪さを感じつつ、一方では自分もまた同じオジサンとして襟を正すべき案件だと考えさせらる内容。監督、製作、脚本を務めるインディア・ドナルドソンの女性だからこその“鋭くて的確な一撃”を受けて身が引き締まる思いを感じます。
「相手の気持ちになってみて」
キャンプ地に向かう車中、自身の離婚について語るマットに対し、適当な受け答えしか返せないクリス。元妻や息子との関係のギクシャクについてどうすべきだったのかと吐露する彼に、サムはマットへ思いやりを込めて「相手の気持ちになってみて」と助言します。
万全とは言えない体調にもかかわらず二人のオジサンに付き合い、前泊のホテルはケチってダブルの部屋一つだけでしかもベッドは譲られず、キャンプが始まれば一泊目から男性だけの別のパーティーとの合流、そして、他人の話を広げずに自分らのことばかり喋る二人。。。それでも苦笑しつつ何とか遣り過ごしていたのに、、、
自分のことについては過剰なほど感傷的なのに、他者に対するデリカシーは全くと言っていいほど持ち合わせず、それでも理解を示してくれる相手に甘え、そしてそのことに無自覚という性質の悪さ。まぁ本当にがっかりすることオンパレードなオジサンたちを見ながら、振り返って自分を見つめ直す必要も同時に感じる“反面教師”な題材。特に中年以上の男性諸君、目を逸らさずに鑑賞し、そして自分を見つめ直しましょう。
♂♂(♂)×♀
今年大学生に上がる娘・サムが父親とその友人の三人でキャンプに行く話。微妙な年齢だからか、男の大人2人との何ともギクシャクと噛み合わない関係が最後まで引き摺られて終わる。また、そのギクシャクとしたやり取りがお互い稚拙すぎて居心地の悪い時間がどんどんと重なっていく。どんな親娘でも一度は経験のある通過儀礼か。ここをどう通り抜けるかでその後の親子関係が決まっていくのかもしれない。そんな小さな綻びを拾っていく作品ではある。
でも、
実はこの作品の隠された妙味は、最初にさらりと示された設定にある。実は父親の友人の一人息子も、本当は参加するはずだったのだ。が、出発直前に喧嘩別れしてしまう。サムは出発時に説得してこようかと進言するが、友人はもういいとあっさり諦めるのだ。もし、彼が参加していたらどうなるのか⁉︎年配の男2人とのギクシャクしたやり取りの間想像していたのは、そんな仮定の話だ。果たして…老老×若若になるのか。♂♂♂×♀になってしまうのか。どちらになるにせよどんな展開があるのだろうか。一つ確かなのは、“思春期の男子は何につけ役に立たない”というジンクスだ。
とにかく静かな漣のような時間の流れる映画で捉えどころなくも思えるが、そんな裏側に思いを馳せると、かなりダイナミックな想像が一人歩きしだす。
そして、話は何事もなく終わる。何事も無くて良かったとも言えるのかもしれない。
サムは、この先の大学生活を大いに満喫する事になるだろう。
きみはいい子
とにかくいい子です。
アホな大人たちを俯瞰して、大人たちの質問に的確に答え、ときには「相手の気持ちも考えた?」と愉し。
出来過ぎ女子てす。
それなのに、まあ〜無神経な父親と友人。
そりゃあ、置いてきぼりにもしたくなるよね。
ただここで、「ん?」って。
だって、二晩キャンプして登った山を、ひとりで何時間で、下りてきた?
サムがパーキングまで下りてきたあと父親たちが降りてくるまで待ってた時間。夕暮れでもなかったことを考えるとハテナがたくさん(笑)
川で泳いで、そっからの下山。
へえ〜みたいな。
そして、今朝のJ-WAVEでの山田解説委員のコメントに「?????」となり。
舗装された山道をあるくぅ〜〜?いや、違うでしょうがっ!
ってことで、モヤムービーですが、サムを演じだ女優さんには期待してます!
看板に偽り:キモいオッサンに愛想尽かして「いい子」をやめる話
公式の謳い文句に
「新世代が映す成長譚。忘れがたいひと夏の物語。大人になることの"喪失感と希望"」
などと書かれているが、
キモいオッサンの前で「いい子」でいることを、愛想尽かしてやめるのが「成長」というなら、確かに「成長譚」。
忘れがたいと言えば確かにキモくて忘れがたいだろう。
「大人になることの"喪失感と希望"」――これはさすがにトンチンカン過ぎる。捏造としか言いようがない。
* * *
父クリスと一緒に2泊3日のテント泊トレッキングに行くことになった17歳のサム。
同行するのは、父と学生時代の友人だったマット。マットの息子は、ドタキャン(てか、同行するとマットが思い込んでただけかも)
クリスとサムの父娘は、山慣れしていて、装備も理にかなっているし手際もいい。
それに対しマットは、登場直後からムカつく存在。
後席のサムが助手席のマットに、車の窓を閉めてと頼むと、開けたり閉めたりしてウザくからかう。
途中の店で、全然必要のないパラソルを買う。いわく「安かったから」。
はいてきたズボンは登山には向かないジーンズ。しかもご丁寧に、重いのに着替え用まで持ってきてる。
でかいシェーバーも持ってきてる。
そのくせ寝袋は忘れる。
こんなやつ、絶対に連れて来ちゃいかん。
クリスはいちいち、説教しながらもマットの面倒をみる。
サムも、がんばって会話の相手になる。
――2日めの晩までは。
* * *
途中、登山道を歩いたり、
テントを張ったり、
食事を作ったり、
その後片付けをしたりする描写が
丁寧すぎるほど丁寧なので、
同行している感満載。
さらには途中で男3人のパーティーが、
こんなに広いテント場なのに何故すぐ隣に?
という近さにテントを張り、
しかも
過去に行ったところのマウントを微妙に取りに来る。
(まあこれは、クリスがマウントをとりにいったのに対抗した、という感じだけれど)
――実際いるのよ、こういうメンドクサイ人たち。
その間の、
サムの表情演技が絶妙。
* * *
そして、2日めの晩、
クリスが寝ちゃった後で、マットがめっちゃキモい台詞を吐く。
ずっと「いい子」として生きてきたサムは、
その場はやり過ごし、
翌日、父クリスに打ち明けるも、
クリスはまともに受け取ってくれない。
で。
堪忍袋の緒が切れちゃう。
とはいえ、
マットのザックに石を詰め込んで重くして、
2人を置いてけぼりにしてとっとと駐車場まで降りちゃう、
っていうだけの、
そして後から追いついた2人とまともに口をきかない(マットは完全無視)
っていうだけの、
おとなしい「反乱」なんだけれど。
その反乱が、その後どうなったのかは、描かれない。
* * *
とにかくマットが胸くそ悪く、
もっとやっつけたいんだけど、
うちに帰れば関係ない人、と考えれば、
こんなもんかもしれない。
そういう意味で、最後まで、
ありそうな話、ではあった。
でも正直、
ありそうな話を、どこかで突き抜けてほしかった。
でなきゃ、フィクションを観る意味って、ある?
大人の都合や矛盾を静かな森の中で描く
アメリカの森の中を大人2人と少女1人で歩いて行くロードムービー的な映画でした。驚くような景色を見せるのではなく自然を自然らしく撮っていって森の中のありきたりな風景はどこか日本人が感じる自然と似たものに思えました。この物語を考えるのにはちょうどよい自然の目立ち度と時間の流れになっていました。
主人公のサムは大学に入学する直前の多感な年ごろで、大人2人は離婚していて人間関係の中でもっとも密といってもいい「夫婦」関係を築くはずが破綻していて、大人の矛盾やわがままさ、傲慢さなど持っていてサムは言葉に明確に出ないけど本能的にそれを感じてる様がうまく表現されていると思いました。
大人の事情に子供は巻き込まれ傷つきます。それを子度は避けることができないんです。子供の目線を大切にすることが大人の義務であり子供への愛ではないかと思いました。
石をリュックに詰めたり、一人で戻ってしまったり、大人への抵抗がかわいらしかったです。自然の中に長い時間身を置いて世俗の情報を遮断していくと見えてくるものがあるんじゃないかと、森の中歩いてみたいと思いました。
山登るだけの映画なのにマチズモのオンパレード
明らかに低予算映画で、金のかかっていそうな場面は一切出てこない。
一見すると、男女3人がリアルに山登りとキャンプをしているだけの動画にも見える。
だが、この映画はとにかく「会話劇」が凄まじい。
「50代の男二人と、17歳の少女でキャンプ」というシチュエーション自体は珍しいかもしれないが、そこで交わされる会話の数々は、世界中の至る所に転がっている「辟易するようなやり取り」の連続に感じた。
しかも会話が非常に多層的で、口にしている言葉と感情が必ずしも一致していない。
本作は、主人公である17歳の少女サムの顔のアップがやたらと多い。
観客に対し、作り手が「この子が会話の裏で、本当はどんな気持ちなのかをちゃんと考えながら観ろ」と突きつけているような気がした。
世界中で起きているものの、見過ごされがちな問題を巧みに描いており、考えさせられる場面が非常に多かった。
冒頭、サムが家でキャンプの準備をするシーンがある。
家族に説明する内容がそのまま「キャンプの豆知識」になっており、その後の展開を理解する助けになっている。
劇中でサムがタンポンを付ける場面が何度か出てくる。
女性監督でないとこういうシーンを撮るのが難しそう。
自分は男なので、初見ではその意図を測りかねたが、鑑賞後にPodcastでこの映画についての話を聴いて腑に落ちた。
彼女が生理中であることを示しており、本来ならキャンプどころではない体調なのに、それでも父親に同行するほど彼女が「グッドワン(=良い子)」であることを示していた。
サムの父親クリスとその友人マットは、絵に描いたようなマチズモの塊。
本作は、二人が至る所で無意識に振りまくマチズモ的振る舞いを、観客が延々と見せつけられる作りになっている。
キャンプに向かう車中でマットがサムに悪ふざけ。
サムは角が立たないよう「やめてよ」と穏やかに注意する。
マットは一瞬止めるものの、すぐにまた悪ふざけを繰り返す。
相手が事を荒立てないように配慮して注意しているのに、男側はしつこく繰り返す。
この「嫌な感じ」は、実生活でも何度も目にしたことがある気がした。
車中の会話から、彼らの女性軽視が滲み出ている。
「こういう女はこうに決まっている」といった決めつけばかり。
本作は、最初に映画の結論めいたものが出てくる。
車中でマットがサムに「周りの人間が俺にキレてばかりなんだが、どうすればいいと思う?」と尋ねる。
それに対するサムの答えは「相手の気持ちを考えなよ」というものだった。
この一言こそ、本作が最も伝えたかったメッセージな気がした。
登山の道中、サムは父の友人である中年男のマットからひたすら質問攻めに合う。
17歳の少女が、さほど仲良くもない50過ぎのおじさんから受ける質問攻め。
個人的にはなかなかの地獄に見えた。
登山やキャンプの描写自体は非常にレベルが高いのだが、観ていて「キャンプっていいな」とは微塵も思えなかった。
良いと思えたのは、途中で一瞬映る美しい景色くらい。
主人公たちがテントを設営していると、別のキャンパー若者男3人組と遭遇する。
若者たちが協力して食事を作るのに対し、主人公チームはサムだけが料理をし、おじさん二人は椅子に座って談笑。
片付けもサムが一人で行う。
女性だけが家事。
日本でもよく見かける光景で、反吐が出る。
その後、主人公たちと若者キャンパーたちでトランプをすることになるが、おじさん二人が独壇場で喋り続け、若者たちは聞き役に徹する。
若者が口を開こうとしても、おじさんたちはすぐに自分の話に引き戻してしまう。
サムは「聞き上手」を演じ、若者たちと目が合った時に苦笑いを浮かべる。
この光景も日常生活の中で身に覚えがありすぎて、逆に笑ってしまった。
サムは常に相手を優先して行動しているが、父親たちはどこまでも自分たちを優先していることがよくわかる。
物語が進むにつれ、同じ中年男でも、クリスは出木杉くん、マットはのび太のようなタイプだと分かってくる。
最初はマットを事務的にあしらっていたサムだが、彼がドジを連発して父親から愛想を尽かされるのを見て、同情心から親身に接するようになる。
しかし、結果的にはこの優しさが裏目に出る展開になっていく。
本当に、男という生き物は…。
マットのセリフの字幕で、本来なら「妻」と訳すべきところで「嫁」という言葉が使われている場面があった。
日本だと妻のことを嫁と呼ぶ男はいるが、アメリカにそのいうのはないと思うので、あえてマットが使いそうな言葉として翻訳者が選んだことになる。
「妻を嫁と呼ぶような男は酷い」という、翻訳者からの痛烈なメッセージを感じた。
中盤までは「まあまあ面白いな」程度で観ていたが、2日目の夜の場面で「この映画は凄い」と確信。
サム、クリス、マットが焚き火を囲んでの談笑中、父親たちがそれぞれの離婚話を始め、悲壮感が漂い出す。
そこで落ち込むマットに対し、サムが放った言葉が素晴らしい金言だった。
本作ではサムが素晴らしい台詞を言う場面が何度もあるが、おそらく監督自身の考えが彼女の言葉に投影されているのだろう。
パートナーとうまくいっていない男は、全員この台詞を参考にするべき。
しかし、父親のクリスが悪酔いして先にテントへ引っ込んでから、空気は一変する。
サムとマットの関係は、先ほどまでの「父の友人と娘」から、ただの「男と女」に変わってしまう。
なんとか会話を続けようとする二人だが、ここでマットが、友人の娘に対して絶対に言ってはいけない一言を放つ。
そこで会話は完全に終了する。
性犯罪のニュースなどを見るたび「自分の部屋を一歩出たら性欲を見せるな」といつも思う。
翌日、下山する3人の様子が描かれるが、会話シーンは一切なくなる。
しかし、3人の関係が激変したことは画面から痛いほど伝わってくる。
その後、サムは昨夜の出来事をクリスに報告しようとする。
「それを言ったら取り返しがつかないことになるが、マットが悪いのだから仕方ない」と思って観ていたが、報告を受けたクリスのリアクションは予想外だった。
娘の心の傷よりも、男同士の友情を優先する父親。
女性が男から性的な目で見られた時の恐怖や嫌悪感と、男側が女性を性的な目で見る時の感覚には、絶望的なまでの隔たりがあると、この場面を観て思い知らされた。
その後のサムの行動には、「いいぞ、もっとやれ」と応援したくなった。
取り返しのつかない一歩手前で踏みとどまるところに、彼女の「グッドワン」を感じ、ますます彼女のことが好きになった。
クリスは何故娘がここまで怒っているのか理解できない様子だが、観客にはその理由が痛いほどわかっている。
ここで、前半の車中で放たれた言葉が重く効いてくる。
リリー・コリンズ?
空気は読むもの
父クリスとその友人マットと2泊3日のトレッキング&キャンプに手掛けた大学入学前の娘サムの話。
もともとはマットの息子ディランも行く予定らしかったけれど、迎えに行ったら揉めていて、マットだけ拾って出掛けることになって行く。
とりあえず目的地近くのホテルで1泊となるけれど、4人でここに泊まる気だった?なんて小さな引っ掛かりが…。
そして翌日から、仕切り屋気質だけど配慮の足りない父親と、デリカシーのないマットと共にリュックを背負って森の中へとなって行く。
とりあえず、クリスもマットも色々配慮が足りず、小さな嫌悪や引っ掛かりが募って行くのはわかるけれど、もともとのクリスとの関係も、マットとの距離感も、サム自体の性格も、全然わからないから蓄積具合いを判断するのがちょっと難しい。
映画の展開としても、自然の美しくさと会話をみせることの繰り返しになってしまうので単調気味だし…。
言いたいことはわかるし、つまらなくはなかったけれど、ちょっと自分には物足りなかったかな。
何を見せたかったのだろう。
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