「その異端はペテン。別の異端は奇跡を起こす…」異端者の家 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
その異端はペテン。別の異端は奇跡を起こす…
よく町中なんかで宗教の勧誘に声を掛けられると、ウザッ!…と思う。私はあまり宗教が好きじゃない。母の死にも関連するので。
だからこうして若いシスター2人の視点から描くと、大変やな…とも思う。
布教活動で町を回るシスター・バーンズとシスター・パクストン。
何人か勧誘した事あるシスター・バーンズはポジティブな性格だが、勧誘ゼロのシスター・パクストンはネガティブ。話を聞いてくれる人はほとんどおらず、心無い悪戯も…。
そんな時、森の中の一軒家でもいいから話を聞いてくれる人に会うと、救われた思いになる。主のお導き!
応対してくれた中年男性リードはあの“ロマコメ王子”。にこやか朗らか気さくな性格で、そりゃ警戒心も薄れる。
宗教にも関心ありで話をしていると、突然雨が降ってくる。リードは家の中へ招く。
これにはさすがに警戒。中年男性の家に若い女性が2人…。規則で同伴の女性が居ないと家の中に入れない事になっている。
奧でパイを焼いてる妻ならいる。その言葉をすっかり信じ、2人は家の中へ。
ネズミやカエルが天敵のいるカゴの中に入ったようなもの…。
妻特製のパイが焼き上がるのを待ちながら、温かいティーを飲んでくつろぎ、話の続きを。
リードは頭が良さそうなのは話していて分かる。お喋り上手で話に引き込まれる。
話が弾んでいたが、ある質問から雲行きが怪しくなってくる。一夫多妻制についてどう思うか、キリスト教会設立者ジョセフ・スミスについてどう思うか…?
リードは宗教を否定するような事を…。それでも2人は対応していたが…。
父を亡くした経験のあるシスター・バーンズ。ちょっと無礼な話をしてしまった事から居心地が悪くなる。
パイがまだ焼き上がらない。奥さんも一向に姿を現さない。
様子を見てくる…と、奧に引っ込むリード。その隙に、帰るか否か迷う2人。
帰る事に決まったが…、玄関ドアが開かない。と言うかドアノブが無く、開けられない。
スマホを掛けるが、電波が入らない。
閉じ込められた…?
警戒心はとっくに通り越し、恐怖。
その時、奧へ続くドアが静かに開く。誘うように。
恐る恐る奧へ入っていく。そこで待ち受けていたのは、恐怖と試練であった…。
リードはどうやら豹変して性的に襲い掛かったり、殺そうという気はないようだ。
寧ろ、それが怖い。一体、何が目的なのか…?
2人は現状の事や帰らせて欲しい事を懇願する。すると、
家に招き入れた時、家のあちこちに金属が埋め込まれてあり、スマホは使えない事を暗示したのに、何故教会から連絡が…と嘘を付く?
妻がいると何故易々と信じた?
リードの言い分はサイコな男のキチ○イな言動というより、頭のいい男が若い迷える子羊を翻弄しているようだ。
リードだけが楽しいトークは尚も続く。独自の宗教論を展開。
どの宗教も真実とは思えない。世界三大宗教を例に出す。
原点はユダヤ教。これをリメイクしたのがキリスト教。ニューバージョンがイスラム教。いずれも信仰対象や物語など似通っている。
これをモノポリーに例える。元々は名もなき女性が発案したボードゲーム。それを基にアメリカが“盗作”したのがモノポリー。以後、類似品が氾濫。
誰も元祖や原点を知らない。世の全てが反復。それの何処に真実がある?
これを私なりに映画に置き換えると…、第1作目の『ゴジラ』がある。ハリウッド版がある。近年の『−1.0』がある。TV放送や最近の人が見るのはハリウッド版や『−1.0』ばかり。原点をきちんと見た事あるのか…?
あくまでリードの持論だが、何だか説得力あり。ついつい話に引き込まれた。
しかし、シスター・バーンズは反論。各宗教宗派それぞれの主の姿、教え、歴史がある。決して反復なんかじゃない!
この意見にも同感。初代もハリウッド版も『−1.0』もそれぞれの面白さと魅力がある。
2人はモルモン教。現在正式には“末日聖徒イエス・キリスト教会”。ジョセフ・スミスが設立したキリスト教の新派で、異端の一つ。最大の特異は主流キリスト教の三位一体(父・子・聖霊)否定。それぞれ別個であるとの考え。禁止されているものも多く、カフェイン、アルコール、煙草。婚前の性交渉も。厳しいが、教徒は幸せを感じている者も多いという。
リードからすれば亜流の亜流の異端かもしれないが、それでも2人は信じている。
それを試されているのか…?
前半は見る者の価値観を揺さぶる会話劇がメインだが、後半は動きがある。
帰らせて欲しいと頼む2人。が、玄関ドアはタイマーでロックされ開かない。帰るなら、強制も、引き留めようと無理強いもしない。ご自由に。
しかし、裏口から。2つの扉のどちらかを。“信仰”と“不信仰”。
一体この男は何を示そうとしているのか…?
2人が選んだのは“信仰”の扉。
地下へと降りる。
行き止まり、地の底のような密室空間。唯一の出入り口は下ってきた扉だが、言うまでもなくリードが見張り、鍵を掛けられた。
不穏な会話劇から息詰まる密室スリラー。ここでも変化球。
2人だけかと思いきや、浮浪者のような老婆が。
老婆は置かれたパイを食べる。その直後、息絶える。毒入りのパイ。
リードの声が響く。2人に息絶えた事を確認させる。
リードが驚くべき事を。もし、この老婆が“復活”したら…? その“奇跡”を信じるか…?
モルモン教もキリストの復活を信じている。しかし、リードが言う“復活”や“奇跡”はキリストのそれではなく、我が手によるもの。
そんな事はあり得ないと思っていたが、老婆は復活。恐れおののく2人。
リードの信仰や宗教は、絶対的な“支配”。
“支配者の家”で絶対的な支配の下、2人は成す術もないのか…?
が、遂に突破口を見出だす。2人揃って無事の脱出を試みるが…。
これまでにも『パディントン2』や『ダンジョンズ&ドラゴンズ』で悪役を演じた事はあるが、いずれもユーモラスだった。
これほどの恐ろしさ、不気味さは初めて。
ラブストーリーやコメディが多いが、実際は実力巧者。
ヒュー・グラント、圧巻の新境地!
対する若手2人、ソフィー・サッチャーとクロエ・イーストも負けていない。
監督のスコット・ベックとブライアン・ウッズは『クワイエット・プレイス』の脚本コンビ。監督作は『ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷』『65/シックスティ・ファイブ』などB級作品が続いていたが、急にどうした?!…ってくらいレベルアップ。
確かに独自論や哲学的な会話、特に日本人には宗教観は小難しい。が、不穏なサスペンス、リードのキャラに不気味さと共にユーモア孕み、ホラーとしても震え上がらせる。
突然の来訪者。2人を心配する牧師が訪ねてきたようだ。
が、地下から声は届かない。存在を気付かせようとするが、その時復活した老婆が2人に迫る。
襲い掛かるのかと思いきや、意味深な言葉を…。
2人はリードが地下に下りてきた時、合言葉を決めて殺してでも逃げようとする。シスター・バーンズはシスター・パクストンにナイフを託す。
リードが下りてきた。合言葉を発した時、凶刃が首を。首を切られたのはリードではなく、リードが隠し持っていたナイフでシスター・バーンズが…。
パートナーが殺され、絶体絶命の状況。どちらかと言うと弱い心のシスター・パクストン一人になり、このまま絶望するかと思ったが、それが彼女を奮い立たせた。
老婆復活のからくりを見破る。牧師が来て2人が扉に張り付いていた時、身を潜めていた別の老婆と入れ替わっただけ。シスター・パクストンはちょっとした違和感を感じていた。
違和感はリードにも。一見完璧に支配しているように思えるが、その端々で綻び。内心、リードは焦っている。
リードはシスター・バーンズの腕を切り、金属片を取り出す。それはマイクロチップで世の陰謀をまた得意気に話すが、それはただの避妊器具。
イカれた陰謀論まで抜かす始末。復活もただのトリック。何て事はない。
真実を見つけ、勇気を出したシスター・パクストンにとって、リードは支配者ではなかった。異端は異端でも、ペテンであった。異端者ならぬ“ペテン師の家”。
代わりの老婆が出てきたハッチを見つけ、そこを抜ける。先はまた別室で、多くの女性が囚われていた。老婆はこの事を示していた。
ペテン師で、もう完全なる異常者で犯罪者。
遂にリードはシスター・パクストンに襲い掛かる。
そこで奇跡を見た。リードを食い止め、息の根を止めたのは、殺されたと思われたシスター・バーンズであった…。
ご都合主義を感じるかもしれない。
実は瀕死の重傷を負っただけで死んではおらず、最後の力を振り絞って…。実際、シスター・バーンズは…。
敬虔な布教活動が、最悪の結末に…。
友を失い、一人になってしまったシスター・パクストン。
だが彼女は、教えや書ではない奇跡や復活をその目で見たのだ。誰かを助ける為に。
奇跡がもう一つ。
シスター・パクストンは自分が死んだら蝶になって、愛した人の手に止まりたい。
ラストシーン。シスター・パクストンの手に蝶が止まる。
友愛という奇跡を見た。

