隠された記憶 : インタビュー
カンヌ国際映画祭でグランプリ、主演男優賞、主演女優賞の主要3冠を受賞した「ピアニスト」に連続し、昨年のカンヌ映画祭で監督賞ほか3部門を受賞したミヒャエル・ハネケ監督の新作「隠された記憶」。本作について映画評論家の北小路隆志氏が監督に話を聞いた。(聞き手:北小路隆志)
ミヒャエル・ハネケ監督インタビュー
「本当にメディアは私たちに真実を伝えているのか?」
少しクセのあるインタビュアー泣かせの人物……といった噂も耳に入っていたが、さすがにまだ雪の降り積もるウイーンまでわざわざ出向いたこともあってか、知的な初老紳士といった雰囲気のハネケ監督は、こちらの質問に上機嫌で答えてくれた。新作「隠された記憶」は、今やヨーロッパを代表する監督となった彼らしく、フランス映画界が誇る男女の名優を迎えて撮影された。なかでもダニエル・オートゥイユと仕事する企画を考えることから、この映画の発想も生まれたのだという。
「私が彼から受ける印象は、いかに善人を装っていても、心のなかで“やましさ”を抱える人物というもの(笑)。そこで、子供の頃に悪事を働いた人物が、大人になってそれを思い出す……という物語が浮上し、さらに1961年にフランスで起こったアルジェリア人虐殺事件についてのドキュメンタリーを見て感銘を受けた。当時ダニエルは、子供時代を送っていたわけだから、これで全て一致したのです。ただ海外でこの映画がフランスに特殊な題材を扱ったものと思われることには警戒がある。個人の罪と集団(国家)の罪が重なり合う事態は、どこででも起こりうることで、これはそんな普遍的な問題を扱う映画だ」
「隠された記憶」で鍵を握るのは、冒頭から映し出される謎めいたビデオテープ。あるブルジョワ家族の屋敷の外観をただ撮影しているだけのこのビデオが、その家の住人を深刻な不安へと追いやる。いったい誰がどんな目的でこれを撮り、自分たちに届けたのか? そこで家長ジョルジュ(オートゥイユ)は、少年時代にアルジェリア人少年に犯した不正を思い出し、これは彼が仕掛けた復讐なのだ、と確信するようになるのだが……。
「ミステリー映画では、謎の手紙が届けられることで物語が始まる……という設定がよくありますが、私はそれをビデオに変えて、ひと捻り加えてみました。そうすることで、メディアの真実性を問う次元が導入できると考えました。本当にメディアは私たちに真実を伝えているのか? 100年前なら考えられなかったことですが、現代人は子供の頃からテレビ漬けでそこにこそ真実があると鵜呑みにしてしまう傾向にある。しかし、私たちはメディアによって操作されているのではないか?」
この映画こそ、昨年11月にフランスで起こった移民2世、3世による“暴動”を予告するものだったのでは……とさえ思えるが、この件についてもハネケは冷静だ。
「フランスの政治家は現代の“階級社会”が生み出す矛盾に対処できていない。これから貧富の格差がますます深刻化していくはずですが、あの“暴動”をめぐるメディア報道がそのことを正確に伝えていたとは思えない」
ただひとつの解答で謎をすっきり解消するのではなく、観客それぞれの視点に委ねるべきだ……と考えるハネケの新作は、マスコミ試写においても極端な賛否両論に分かれ、試写室が“暴動”寸前になる異常な事態(?)が起こっていると聞く。さて、あなたの解答は?