「登場人物の先入観が徐々に崩されていく過程がお見事」満ち足りた家族 かばこさんの映画レビュー(感想・評価)
登場人物の先入観が徐々に崩されていく過程がお見事
冒頭のイカれた金持ちのボンボンが引き起こす、衝動の末の殺人である「事故」、
この「事故」に関わる人物の印象が新たな事実が出てきてコロコロ変わる。
ここからすでに、この映画の仕掛けが示されている。
ドライブレコーダーに殺人(故意または未必の故意)を示唆する明確な記録が残っていながら小さな穴を見つけて顧客の大物のバカ三男を軽い刑に導こうと画策、だが極力大金積んでの示談推し、で進める敏腕弁護士の兄ジェワン。
彼は道徳はさておき物質的な利益が優先、年下のトロフィーワイフ(2人目)を持ち、10代の今風だが良い子の先妻との娘らと豪華なマンションに暮らしている、という敵役のステレオタイプ。
対して小児科医の弟ジェギュは、良心的で熱血の小児科医。年上の妻ユンギョンと10代の息子とそこそこの住まいに暮らし、痴呆の母の介護にも献身的に尽くす、こちらも正義派のステレオタイプ。
まず人物感に強い先入観を植え付けらるが、話が進むにつれ、それぞれの人物像に違和感が出てくる。
ジェギュはそもそも、良い人ぶりがなんだか嘘くさい。チャン・ドンゴンの暑苦しいくらいの濃い二枚目のルックスからも、綺麗事しか言わない自分大好き人間のような空気を感じる。それが決定的に露見するのが、兄弟と妻たちが囲む、月に一度の高級店の個室での食事会。多分兄の奢り。
痴呆の母を高級施設に入れる提案をする兄。費用は自分が多く出すつもりでもある。
世話を丸投げされているユンギョンを気遣っての提案だが、ジェギュは親孝行したいからと拒否する。ユンギョンは提案を受け入れたくてうずうずしているが強く表明できない。自分が面倒見ると言うが実際妻に丸投げでまるで他人事、「親孝行な自分」でいることが大事なのがジェギュ。嘘くさい印象は気の所為ではなかったと知る。
一方兄は、母がユンギョンにお金を取られたと言っている、と聞いても、「ほら、いくら尽くしてもユンギョンさんは報われないじゃないか」と理解が深い。
この食事会以降、人物全員に対する先入観が覆されていく作りなのだろうと確信して見ていくようになる。
娘、息子の悪事が明らかになる辺りでは、あきらかに各人物の「違和感」の成分のほうが多くなり、決定的になるのが、やはり兄弟夫婦4人で囲む、同じ場所での食事会のテーブル。
あのラストは食事会の時点で予想できてしまうが、弟夫婦のあからさまになった人間性が衝撃的。
人物全員の、当初の印象とまるで間逆な実際の人物像が徐々に明らかになる脚本が綿密で上手い。無駄なくテンポよく、最後まで集中力が途切れず一気に見られた。
単純に善悪に分けられないのが人間で、悪人寄りの人たちの言い分にもご尤もなところはあって、ユンギョンに「いつも金で無罪にするくせに、何故自分たちの子供には罪を償わせるのか」と罵られたらその通りで、ジェワンは反論できないですね。
娘・息子の真実が明らかになる設定が上手い。ベビーモニターとは。
全部聞いたところで子どもたちの本性にぞっとする。
特に娘はケンブリッジ大に現役合格するほどの頭脳を持っている分狡猾で恐ろしい。
サイコパスではないか。
これを知ってしまって、親として怪物になる前に矯正したいと思うか、我が子可愛さ、というか自分可愛さから隠蔽しようと思うか。
弟夫婦のどうしようもなさは、最悪の手段に出たところでも分かる。
誰にもいいことがない。
事故と言い張っても、兄の妻ジスはすべてを暴露するだろうし、さらに父親がこんな事件を起こしたとあれば、世間の目も経済的にもどん底に堕ち、庇いまくった息子の将来もあったものではない。
後先考えずに激情に走るラストは、原作にもあるのだろうか。
私にはとても韓国的なものに思えました。
ソル・ギョングとチャン・ドンゴンが、ミスリードする気満々のキャスティング。
兄ジェワン、頭が切れ器が大きく懐が深い。頼りがいがあって、普通に良い男ではないですか。
冒頭の事故の被害者に極力示談を推すのも、裁判より示談にして大金ぶんどる方が彼らの利益になるからだろう。
確かに金大好きで自慢げで嫌味、趣味がハンティングで殺生楽しいのか?なところはあるが、完璧な人間はいません。
痴呆の母が、「面倒見ている」弟ではなく兄のほうが好きなのは、兄弟の人間性を見抜いていたからでは。
実は思慮深く人情も常識も(そして美貌も!)あるジスは金目当てというより、ジェワンの人物に惹かれて結婚したんだろうと思う。
映画のタイトルは、邦題の「満ち足りた家族」が皮肉が効いてて、原題の「A Normal Family」より内容に合っていたと思いました。
コメントありがとうございます。
粗筋から始まっているミスリード(ただし嘘はついていない)が上手かったです。
あんな会話聞いたら、そりゃ兄は自首させますわ。
それでどうにかなる人間性かどうかは別として、ですが…
三輪さん
>身近な人に過大な負担を掛けていることを無自覚なのが始末が悪いんですよね。
基本的に自分のことしか興味ないから、他人事で無関心なのかもと思いました。自分ごととなったら、普段の綺麗事仮面破り捨てて激情に駆られて短絡的なことしちゃってましたよね。私もこういう人を家族に持ちたくないです。
やり手弁護士の兄一家、小児科医の弟一家、日本人の私の、傍目から見たら勝ち組で全然普通じゃないので、邦題のほうが皮肉にパンチがあり合っている気がしました。
「綺麗事しか言わない自分大好き人間」「親孝行な自分」確かにwww
またそういった人間は身近な人に過大な負担を掛けていることを無自覚なのが始末が悪いんですよね。
韓国の映画は人間の業を描くのが本当に上手です。
ただお国柄か、気持ちの振れ幅が大きすぎて、家族に持ちたくない無いですよね〜。
原題の A Normal Family≒普通の家族。は全然タイトルにふさわしくないですよね。
いいねコメント有難うございました!レビューを拝読して物語を脳内リプレイできました!本作なかなか面白かったですよね。親子の距離感の取り方が簡単ではないのは世の常と思います。本作のそれは見ていて焦ったさ極まりなく。他所様の家族のことは よくよく見えて、かたや灯台下暗しなのは、ちょっと現実的と思いました。
コメントありがとうございます。
逆転で兄=善、メガネが内野イメージを喚起したのだと思います。
何故バットを持ってたのか、何故母親は弟の方を嫌うのか、伏線は見事でしたね。






