「最大幸福国家神話をなぞる「無邪気」な映画」お坊さまと鉄砲 あんちゃんさんの映画レビュー(感想・評価)
最大幸福国家神話をなぞる「無邪気」な映画
ワンチェク国王が王妃と一緒に来日したのは2011年。美男美女の王夫妻に日本中が沸いた。あれからもう10年以上経ったのか。
国王が即位したのは2006年。先立つ2005年に初めての選挙が実施された。憲法公布は2008年。推移は我が国の明治憲政史と非常によく似ている。権力と国民が協調して立憲君主制に段階的に移行したということである。
この映画は初めての普通選挙の前に模擬選挙を実施する話だから時代背景は2005年手前ということになる。その割には現国王の写真が役場に掲げられていたり2006年から公開されたダニエル・クレイグの007シリーズ映画がTV放映されていたりする。(しかも「カジノロワイヤル」でなく「慰めの報酬」にみえる。ならば2009年の公開)割と時代考証がいい加減なのだがそれはまあ良い。
模擬選挙では架空の候補者3名から1人を選ぶ。赤色の候補者は民主主義の拡大を訴え、青色の候補者は経済発展を訴える。対して黄色の候補者は伝統主義の固持を訴える。結論、模擬選挙でこの村の選挙民が圧倒的な率で選んだのは黄色だった。もう一つ、この映画がテーマとしているのは武器の不所持、廃棄であり、それも映画の結末として表される。
幸福度を高めることを国家目標としているブータンのありのままを捉えているようにみえる。
でも本当にそれで良いのだろうか?自分の親やそのまた親と同じく第一次産業に従事し、仏僧や王室を尊び、つつましやかな生活をする。それで心の平安が確実に得られるのだろうか。ブータンに生まれた以上、それ以外の選択はないのか?
パオ・チョニン・ダルジ監督の前作「ブータン 山の教室」はその問いかけを静かな語り口で提起した作品だった。でも、本作は時代をさかのぼって民主主義がスタートするある意味無邪気な時代を描いているとはいえブータンが幸福な国家であると、あまりにも画一的、無批判に描いてしまっている気がする。ブータンは最大幸福を目指している国ではあるが、最大幸福を実現している国ではない。選挙管理委員の若い女性役人や彼女と交流を持つ村の少女ユペルの姿に新しい世代の誕生を予感させている部分はあるものの世界中に流布されているブータンのイメージを無自覚、かつ問題意識もなく再生産しているような気がするのだが。