劇場公開日 2025年6月27日

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「独特のビジュアルを堪能」かたつむりのメモワール ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 独特のビジュアルを堪能

2025年7月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

斬新

 離ればなれになった姉弟の数奇な運命を、独特のビジュアルで表現したクレイアニメ。

 「メアリー&マックス」で鮮烈なデビューを飾ったアダム・エリオット監督による長編2作目。8年の歳月をかけて作り上げた労作ということである。

 正直、アニメーションとしてのクオリティは、大手のライカやアードマンと比べると見劣りしてしまう。ただ、3DCGと見紛うばかりのライカの作品よりも、本作には手作りらしい温もりが感じられて個人的には親しみを覚える。

 また、前作同様、ブラックでビザール感溢れるビジュアルは独特の世界観を創り上げていて、アート作品としても十分の見応えを感じた。ただ、このクセの強い作風は好き嫌いがはっきり分かれそうである。個人的には面白く観れたが、万人にはお勧めできない作品である。

 物語はグレースのモノローグで紡ぐ回想形式で展開されていく。ダイジェスト風な語りは少し味気ないという気もしたが、DVや貧困、いじめといった暗い内容が続くので、このくらいサラリと流してくれると逆に観やすいかもしれない。

 グレースはちょっと変わった性癖を持つ夫婦の元に引き取られ、ほとんどネグレクト状態で放置される。一方のギルバードは、狂信的な信仰一家の元に引き取られ厳格な暮らしを強いられる。どちらも酷い里親なのだが、そんな中でも二人は手紙のやり取りを唯一の心の拠り所にしながら懸命に生きていく。このあたりには前作「メアリー~」における中年男と少女の文通が想起された。遠く離れた孤独な者同士が手紙によって絆を深めていくという”いじらしさ”にグッときてしまう。

 やがて、グレースはピンキーという中年女性と出会い親密になっていく。彼女はかなり破天荒な人生を歩んできた女性で、若い頃はストリッパーをしていたり、キューバの革命家カストロと卓球をしたこともあると言う。どこまで本当なのか分からないが、とにかくぶっ飛んだお婆ちゃんであることは確かである。そんな彼女との交流を通してグレースの荒んだ心は徐々に癒されていく。この交流は微笑ましく観れた。

 もう一つ、グレースの孤独を癒してくれるのが、幼い頃から大好きだった”かたつむり”である。当然これは臆病で内向的で殻に閉じこもって生きるグレースのメタファーとなっている。この両者の関係性はストーリー全般を通して上手く表現されていて、終盤のグレースの決断にはカタルシスを覚えた。

 そして、本作はその後にもう一つサプライズが用意されている。前作は少し物悲しい終わり方だったが、それと差別化する意味もあったのかもしれない。現実を厳しく見据えた前作も良かったが、今回のような終わり方も個人的には悪くないと思った。

 全体的に個々のキャラクターは活き活きと表現されているし、物語も大変ドラマチックに展開されていて、よく出来た作品だと思う。ただ、細かく見ていくと、ここは惜しいと思った点も幾つかあった。
 ピンキーの最期の言葉”じゃがいも”。幼いグレースが出会う元判事のホームレス。この辺りは安易な”仕掛け”という気がしないでもない。
 ピンキーの手紙も大変素晴らしい内容だと思うが、できればそれをドラマの中で見せて欲しかった。

ありの