「中高年向き、高尚かつ下世話な深み」敵 TSアラヨットさんの映画レビュー(感想・評価)
中高年向き、高尚かつ下世話な深み
単に「面白い」という表現では表せない、深みのある、多面的な印象を持つ映画でした。
観る人の年齢によっては、面白いどころか、身につまされる怖さを感じる映画でもあるでしょう。
何人かの方が書いておられるように、61歳の私も「PERFECT DAYS」を想起しながら観ていました。独身男性の、日々の生活を丁寧に描写するところが共通点。ただ、あちらは現役ブルーカラー労働者で、こちらは余生を過ごす高齢の元大学教授なので、生活のベースはかなり異なる。あちらは自然の木漏れ日を美しく描写し、こちらはモノクロで四季の移り変わりを定点観測のように日本家屋の中で描いている。どちらも、派手さはないけど中高年者が観て、人生の何たるかを感じる描写が多い。
この映画の原作は未読ですが、筒井康孝の小説、特にナンセンスもの(というべきか)は若い時にハマッてかなり読んだことがあります。映画の後半、どんどん不条理な描写が増えていき、現実と妄想の境がわからなくなり、夕食の鍋をひとりで全部食べて、殺されて井戸に投げ込まれる編集者のくだりや、犬のフン騒ぎ、内視鏡検査、夢精などなど「これは確かに筒井康孝の世界やん」と、昔読んだ小説を思い出しながら、笑いをかみ殺して観ていました。
高尚さを感じる場面と、バカっぽい場面、また「敵」が階段の下から集団で上がって来る、強烈に怖いシーン等が、作品の中に違和感なく同居していて、ちょっと他にない味わいを感じました。この監督の作品は初めて観ましたが、少なくとも筒井康孝作品を相当読んでおられると思いますし、演出レベルの高さに圧倒されました。
もともとは洋画・韓国映画好きで、あまり邦画は観ない方だったのですが、昨年は「夜明けのすべて」「アイミタガイ」「侍タイムスリッパー」等、良い作品をたくさん観たので、今回の「敵」も含めて、邦画に対する印象も良い方に変わってきました。