「主演の長塚さんが素晴らしかった!」敵 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
主演の長塚さんが素晴らしかった!
特に長塚さんの前半の演技にrealityがあった。日常の繰り返しだが、routine(同じ動作)ではなく、食事の準備をして、それを食べ、食器を片付け、洗うところまで、しっかりこなす。朝食には、ハムエッグや鮭の焼いたの、昼食には、蕎麦を湯掻いて冷水にさらし、ネギと共に、あるいは卵を茹で、スーパーの韓国系店員と相談して求めたキムチと、冷麺に載せて食べる。夕食には、レバーを牛乳につけて血抜きし、切って串に刺し、炭の上で焼いて食す。フレンチのレシピに挑むこともあり、ワインも時として食卓に載り、弟子たちとの会食も。77歳にして、あの食欲。身体が強くないと出来ない相談。朝と夜の歯磨き。夜は、少し前によく見た「糸ようじ」。
ただ、彼自身は、教授を退職してから、原稿を書いたり、講演を依頼されたりすることもあるが、退職後の境遇に決して満足していない。訪ねてくるのは教え子のみで、周りの人たちから尊敬を受けているわけでもなく、親から引き継いだ大きいが古びた二階屋の日本家屋に住み、食事に丹精を凝らすのも贅沢に見られているとこぼす。貯金の目減りにいつも気を配り、生きるために生きるだけの生活には満足できず、今の生活レベルが維持できなくなったら、一生を終えることも覚悟しており、遺書も準備している。
やがて彼は、老化からくる強い不安を背景として、夢とうつつの間を彷徨う。願望、妄想、不条理の三段階があったようだ。一番、現実に近い願望としては、よく訪ねてきて食事を共にすることもある教え子との性的な交わり。妄想としては、20年前に亡くなった妻が出没するようになり、教え子たちと同席したり、言葉を交わしたりする。亡妻が出てきたら、全部、夢の中と思ってよいのだろう。面倒なのは、非現実的かつ原作者の発想に基づく不条理。愛用のMacに「北からの脅威」がウイルス・メールとして現れて後、現実感を以って、暴力的に襲ってくる。これがタイトルにある「敵」の正体だし、内的な「不安」に呼応する外的な「不穏」、原作者の主題なのだろう。いくら想像の産物とはいえ、現実感ありすぎ。個人的には、この不条理だけは何とかして欲しかった。ただ、この映画にある種の活気をもたらしたことも事実か。
年齢を重ねることによる、認知症とは異なる、内的な不安との戦いをよく描いた映画だ。