劇場公開日 2025年1月17日

「迫り来る敵」敵 サプライズさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5迫り来る敵

2025年1月22日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

幸せ

吉田大八監督最新作。
この言葉だけで生きる意味が見い出せる。そのくらい好きな監督。とは言っても「騙し絵の牙」しか見たことがなく、好きを語るにはあまりに浅はかな新参者なんだけど、あの作品で受けた衝撃は相当なもので、見事すぎる原作改変が4年前の映画にも関わらず未だに頭から離れない。

本作「敵」は情報解禁されてから鑑賞に至るまで、キャストやモノクロ映像であることを除いて、内容に関することはほとんど取り入れず、更には予告も見ずで劇場へと足を運んだ。というのも、「騙し絵の牙」では予告からの想像と大きくかけ離れた作品であったことから面を食らってしまい、初見では思うように楽しめなかったという経験があったから。予告は出来ることなら見るものじゃない。あの作品からの教訓です。

上映館が少ないため、遠方まで赴き遥々鑑賞してきたのだけど、今回も吉田大八節全開のホントにホントに素晴らしい映画だった。しばらく席を立てないほどの衝撃とスタンディングオベーションを送りたくなる感動。いやいや、とんでもないな...。
東京国際映画祭で19年振りに日本映画がグランプリに輝いたのも納得の出来。なぜ上映館が少ないのか。なぜこの映画が100館に遠く届かず、「ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い」が300館を超えていたのか(言わないであげて)。Filmarksでは話題の映画として常に上位になっているとはいえ、劇場の入りが少ないのはなんとも悲しい。この傑作を映画館で見らずしてなにを見る!

もう何から賞賛すればいいのか...。
まずポスターを見てもわかる通り、本作は全篇モノクロ映像。近年の日本映画でモノクロームと言えば「せかいのおきく」が記憶に新しいが、あの作品とは違い、舞台設定はMacBookも悪質な迷惑メールも存在する、我々が今生きる現代。それじゃあなんでこの技法が使われているのか。
物語はなんとも美味しそうな朝ごはんから始まる。77歳男性の一人暮らしとは思えない、生活の質の高さ。白黒なのにお腹が空いてくる。これ、色があっては意味が無いのではとも思えてくる。たった2色で構成されているからこそ感受性が豊かになるし、自然と心も満たされていく。質素な絵に抱く、鮮やかな感情。まさに、主人公・渡辺儀助の生き方そのもの。

この例え、あまりにしすぎているから言葉にするのは気が引けるけど、本作こそ「PERFECT DAYS」と最も近しく、むしろあの作品の先を行く「PERFECT DAYS2」のように思える。ただ、あの映画は時間をたっぷりと使って生きる幸せを噛み締める主人公の話だったが、本作では残された時間を考えながら近付いてくる死に立ち向かっていく主人公の話で、近しくも遠いテーマ性だった。比較するとかなり面白い。
あれもこれも、同様に現代人の生活を問うような話だけど、2人の考え方はまるで違うように感じる。喜びを感じる瞬間は似ているけど、そうする理由は異なる。1年と少し前は平山の生き方に感銘を受けたが、渡辺の考え方にも共感を覚える。

『健康診断は人間を健康にしないよ』
『残高に見合わない長生きは悲惨だから』
『君もあと何年生きれるか計算してみるといい。不思議と、生活にハリが出るから。』
これらの言葉が凄まじく強く、胸を打った。自分の考え方を彼が声高らかに代弁してくれたようだった。馬鹿げているかと思われるかもしれないが、私も彼と同様に病院をできるだけ生活から遠ざけている。それは決して診察が注射が場所が嫌なのではなく、定められた命を無理矢理延ばすという行為が到底理解できないから。人間いずれかボロが出る。綻んでいく。一時的なものはまだしも、長期的な治療はそれを否定する行為だと感じてしまう。
ただこれも、愛する人となるとそうはいかないもので。大好きな人はずっと長く生きて欲しいし、健康でいて欲しい。それもまたエゴなのだろう。1人が悲しいという嘆きなんだろう。妻に先立たれて立派な日本家屋に1人で生活する渡辺を見ていると、羨ましくもなんだか未来の自分を見ているようで寂しくもなった。

渡辺儀助という1人の男が生活するだけの108分間。日常の中にカメラがある、そんな映画であるため、彼の登場しないシーンは無いと言っていいほどなのだけど、永遠と魅せ続けられてしまう。
長塚京三。77歳にしてこのカッコ良さ。「お終活 再春!人生ラプソディ」での色気も半端じゃなかったが、今回はもっとすごい。主人公の生き方を真似するかは別として、長塚京三のピシッとした姿勢や佇まい、そして心の余裕を感じさせる話し方は是非とも私生活に取り入れていきたい。こんな老人になりたい。いや、老人というにはカッコよすぎる。
この映画の鑑賞を迷っている人はYouTubeで日本外国特派員協会特派員協会 記者会見の動画を見て頂きたい。彼の魅力を知ってしまうはず。本気で惚れてしまうんだよなぁ...。

この「敵」というタイトルが鑑賞後じわじわと効いてくる。なんて秀逸なんだ。一体全体、私はどうしたらいいのか。《敵》にどう立ち向かっていけばいいのか。この〈敵〉の正体はなんなのか、それは作中で明言されているわけではなく、見る人の捉え方次第といったところ。
味方が敵へと変わる瞬間。その敵が自身を襲いかかる時。誰も何も待ってくれない。ただ、それはひたすら自分に迫ってくる。生きとし生けるものが逃れることの出来ない恐怖。これまで客観的に映し出された主人公が、急に一人称視点として主観的に映し出された時、これは彼の物語ではなくみんなの物語なんだと恐ろしくなる。構成の妙。季節の移り変わりもゾッとする。

長々と語ってしまったが、正直まだ足りないくらい。それほどこの映画は底知れず、一生かけて読み解きたくなる、かつてない面白さがある。見る読書とでも言おうか。1本の映画にしては満足度の高すぎる、噛みごたえのありすぎる作品だった。
ここで点数をあげすぎちゃうとここからの楽しみが薄れてしまう気がするのでこの辺で。また必ず会いに行きます。面白すぎて無心で映画館を出たもんだから、パンフレット買うの忘れてたじゃないか。

サプライズ