「名優「長塚京三」という罠」敵 おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)
名優「長塚京三」という罠
まず先に言っておきたいことは、「バルザック」はずるい。
なんというネーミングセンス。
思わず吹き出してしまったじゃないか。
難解映画の部類に属すると思う。
個人的にそういう映画はあまり好みではない。
「どういうこと?」な場面は多くあった。
でも、そういう難解な部分を抜きにしても、この映画は凄く面白いと感じた。
日本の暮らしをモノクロ画面で描かれると、最初はどうしても昭和とかの一昔前の日常を描いたものという錯覚に陥ってしまう(主演が長塚京三なことも影響していると思う)。
「この映画は今の日本が舞台なんだ」と自分に言い聞かせて納得させるのに少し時間がかかってしまった。
現代日本の生活をモノクロで描いた作品って珍しいと思う。
この映画、とにかく「…なんだ、夢か」な展開が多い。
後半は特に頻発。
それを常時モノクロで描かれるせいで、どこまでが現実でどこまでが夢なのか、マジでわからなくなった。
こんな映画体験は初めてかもしれない。
映画が終わる頃には、自分が生きているこの現実も実は夢なのでは?とチラッと思ってしまった。
そんなことを思ったのは自分だけかもしれないが…
非現実なことが起きて、そこで長塚京三演じる儀助が目を覚まして「…なんだ、夢か」となるわけだが、夢として描かれていた場面は全て架空の話ということにしてしまっていいのだろうか?
それにしては、非現実なことが起こる直前までの出来事がやけにリアルに感じた。
夢として描かれた場面は実は現実世界で本当に起きた出来事であり、その現実を受け止めるのがあまりにも辛すぎるため、儀助が夢の世界の話ということにしてしまったのではないだろうか。
個人的にそう考えるとしっくりくる。
見当違いかもしれないけど…
見方によっては「陰謀論に囚われた男」にも見えるし、「認知症を患った男」にも見えるのは面白い。
前半は2023年12月公開の『PERFECT DAYS』っぽいと思った。
ダンディな独身男性の丁寧な暮らしが淡々と描かれていく作り。
『PERFECT DAYS』では、役所広司が仕事終わりにいつも居酒屋に行って食事する日々が綴られ多幸感に包まれていたが、儀助は自炊派。
調理して食べるシーンがやたら出てくるが、どの料理もプロ級の腕前でどれも美味しそう。
観ながら頭の中に『孤独のグルメ』というワードが出てきた。
一方、『PERFECT DAYS』と最も大きく違う点は、主人公の女性への執着(特に若い女性への)。
『PERFECT DAYS』の役所広司は女性に振り回されるだけの男だったが、本作は真逆。
話が進むにつれ、初老の男が若い女性に浮かれる話になっていくが、これが観ててきつかった。
二回り以上歳が離れた女子大生を家に招くことになり、儀助が家のPCで様々な料理を検索しながら何の料理を振る舞うかを思案する場面が、痛々しくて居た堪れない気持ちになった。
男の、他人には勘付かれたくない卑しい面を第三者がこっそり覗き見しているような作りになっていて、同じ男として、映画を観ながら何度も「ひえー」となってしまった。
この映画は他にもいろいろな今現在の社会問題が内包されているように感じた。
まず、高齢者の「老後の資金」問題。
儀助が、社会に迷惑がかかるから長生きを望まない考えを語る場面で、2022年公開の映画『PLAN 75』のことを思い出し、悲しい気持ちになった。
また、近年は大学の学費が右肩上がりに値上がりしていて、学生が学費を払えず学業を犠牲にしてバイトに励む場面が本作には出てくるが、これを高齢者のお金に関する問題と一緒に描いてしまうと、まるで高齢者のせいで若者が犠牲になっているような構造に見えてしまい、その作りには疑問を感じた。
この映画で個人的に一番凄いと思ったところは、終盤、井戸の前で滝内公美が言い放つ言葉。
今世間を賑わしているフジテレビ問題にも通じるような、現代日本(日本に限らないけど)の深刻な社会問題にぶっ刺さる一言になっていて、震えた。
1998年に発表された筒井康隆の小説を、わざわざ2025年に映画化したのはこのためだったのか。
儀助を紳士的な長塚京三が演じていることで何も問題ないように見えてしまっているが、独身男性が年の離れた元教え子の女性を家に招いている時点で、違和感を覚えるべきだった。