劇場公開日 2025年1月17日

「「敵」とは」敵 おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「敵」とは

2025年1月19日
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鑑賞方法:映画館

怖い

知的

難しい

長塚京三さん主演のモノクロ作品でタイトルは「敵」って、これだけで何だか興味をそそられてしまい、公開2日目に鑑賞してきました。中高年中心とはいえ思いのほか観客が多く、邦画への期待感のようなものを感じました。

ストーリーは、妻に先立たれ、子供もなく、大学教授も辞めて、今は古い一軒家に独りで暮らす70代の渡辺儀助が、時には友人と酒を飲み、たまに訪ねてくる教え子と語らいながら、折目正しい生活を送っていたが、ある日、パソコンに「敵がやって来る」と謎のメッセージが届き、儀助の生活がしだいに変化していくというもの。

前半は、大学教授をリタイアした儀助のつつましく丁寧な生活が穏やかに描かれます。規則正しい生活、手際のよい自炊、近所付き合い、知り合いへの言葉づかい等、儀助の日常生活と共に、儀助自身の人となりも伝わってきて、作品世界へと静かに誘われていきます。とりわけ食事シーンは多く、米を研いで炊き、魚を網で焼き、焼き鳥の串を打ち、漬物さえも小鉢に盛り付けて落ち着いて食事する姿は、悲哀や孤独とは無縁で、男の独り暮らしはかくあるべしと訴えかけてくるようで、ちょっとかっこいいぐらいです。加えてモノクロ映像が、多くを望まぬ儀助の心情とマッチしていて、よい雰囲気を醸し出しています。

そんな暮らしに転機が訪れます。パソコンに届くフィッシングメールに紛れて届く、敵の接近を知らせる警告メール。ただのイタズラと流しつつも、儀助の心のどこかに引っ掛かっていたのでしょう。淀んだ不安がさまざまな形で現れ、後半は妄想と夢と現実が曖昧となった描写が続きます。なんとなく既視感のある描写にも思えますが、儀助同様に観客も不穏な雰囲気に包まれていきます。

果たして、この”敵”は何だったのでしょうか。明確に答えが示されているわけではありませんが、これは、過去の儀助が無意識に作ってしまった敵なのではないでしょうか。むろん実際に敵対しているわけではありません。自分の言動が相手に不快感を与え、敵対心を生んでしまったのではないかという不安が、架空の敵を作り出し、彼の心を苦しめたのではないでしょうか。死期が近づき、これまでの人生を思い返すに至り、そんな心境に追い込まれたのではないかと思います。妻への罪悪感、教え子への邪な思い、若い女性への下心など、それに加えて一人暮らしの侘しさや孤独など、自覚しつつも立場とプライドで否定してきたこれらの思いが、妄想や夢となって現れてきたのではないかと思います。”敵”とは、内に眠る自身の後悔や懺悔なのかもしれません。

また一方で、どんなに清貧な暮らしを送っていても、さまざまな欲から死ぬまで解放されることはないという、人間の本質について訴えかけてくるようで、ちょっと考えさせられてしまいます。

主演は長塚京三さんで、彼でなければなし得なかったであろうと思わせる説得力のある演技が秀逸です。脇を固めるのは、瀧内公美さん、黒沢あすかさん、河合優実さん、松尾諭さん、松尾貴史さん、カトウシンスケさん、中島歩さんら。

おじゃる