劇場公開日 2024年10月11日

「つらければ忘れてもいい、という選択肢がある優しい世界」最後の乗客 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0つらければ忘れてもいい、という選択肢がある優しい世界

2024年10月8日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

蒼暗い空、せり上がり砕ける波、寄せる白波と砂浜に「あれから10年後」の文字、クロスフェードで重なる港湾の遠景、震災と津波のあとで放棄された海辺の廃墟。オープニングの1分あまりの映像と波の音にぐっと引き込まれる。撮影監督は佐々木靖之(「真利子哲也監督「ディストラクション・ベイビーズ」、瀬々敬久監督「最低。」、濱口竜介監督「寝ても覚めても」、菊地健雄監督「ディアーディアー」など)。

監督・脚本・編集の堀江貴は宮城県仙台市出身だが、2011年3月はニューヨークにいて東日本大震災を経験していない。そんな自分が被災者にかかわる映画を作ってよいのかと悩んでいた時期、福島県出身でつらい思いをした若い女性と追悼式で出会い、彼女が3月11日を迎えるたび震災の話を聞かずにすむよう敢えて海外に出ていたと話すのを聞いたことが、本作のきっかけになったという。

作品のタイプとしては、ミステリアスな要素をはらむヒューマンドラマと言えるだろうか。主人公と他者にまつわる“自意識”と“視点”がミステリーの仕掛けとして機能していて、この仕掛けを用いた映画としてはホラージャンルで外国の有名作品2本がすぐに思い浮かぶが、タイトルを挙げるだけでネタバレになるので伏せておく。本編55分という短さも、適度な驚きと静かな感動に貢献していると感じた。

堀江監督は自省を込めて、「震災を忘れない!」と声高に叫ぶことが逆に人を傷つけていた可能性もあると気づいたと述べており、そんな気づきがこの「最後の乗客」には込められている。被災者に限った話ではなく、つらい経験をしてそれを思い出すたびに苦しむのであれば、忘れるという選択肢もあるということ。「忘れない!」という言葉が呪縛になってしまうより、忘れる自由もあるほうが優しい世界に違いない。

高森 郁哉