「嘘は幸せと平和への願い」遠い山なみの光 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
嘘は幸せと平和への願い
今年は終戦80年。…にも関わらず、反戦を訴えた作品に決定打が無かった気がする。『雪風』なんてとんだ時代錯誤作で落胆を通り越して呆れた。
9月になってようやく本命作登場かと期待。
それが本作。カズオ・イシグロのデビュー小説の映画化。
1980年代からイギリスに拠点を移し活躍する氏だが、元々は長崎生まれ。母親が原爆投下で負傷するなど長崎の悲劇やあの戦争を身をもって体現。
戦争を全面に押し出すのではなく、記憶や心の傷や過去の陰として忍ばせ、戦争を問う。私の好きな作風。
しかし…。
1980年代の英ロンドン。大学を中退し、作家を目指す若い女性ニキは、母・悦子が一人暮らす実家に赴く。
母は日本人で父はイギリス人。ニキは二人目の娘。
悦子は昔長崎に住んでおり、日本人男性の最初の夫が。長女・景子もいた。
最初の夫と別れイギリス人の夫と再婚し、景子を連れてイギリスへ。
が、景子は自殺。夫とも死別。以来ニキとも関係がぎくしゃくし、疎遠になり…。
何故異父姉は自殺したのか…? 何故母は日本を離れイギリスに渡ったのか…? 長崎時代の母に何があったのか…?
長崎を題材にした本を書く為、ニキは母に過去を聞く。悦子が語り出したのは、よく見る夢の話…。
戦後すぐの1950年代の長崎。悦子は夫・二郎と団地で暮らし、身籠っていた。
団地から望める河を挟んだバラックに、米兵が出入り。そこには一人の女性が暮らしていた。
悦子はひょんな事からその女性・佐知子と娘・万里子と知り合い…。
現在と過去が交錯。
現在は現悦子の心情やニキとのぎくしゃくを反映して、淡々静かで映像も暗め。
過去は二人の女性の出会いや交流を表すように、美しい射光やノスタルジック。
どちらも映像・照明・美術・衣装が素晴らしく美しく、それぞれの時代の空気を感じさせる。
とりわけ50年代長崎の佐知子が暮らすバラックや店々が並ぶ裏通りなどは戦後の傷痕を醸し出す。
その一方、悦子の暮らしはブルジョワ風。
それを対比させる悦子と佐知子。
意外にもこれが初共演の広瀬すずと二階堂ふみ。現日本映画界を代表する若き実力派二人の共演にまず惹かれた。
今年は『ゆきてかへらぬ』『片思い世界』『宝島』と快進撃。広瀬すずが昭和の日本女性の美しさを魅せる。
ミステリアスで独特な雰囲気で印象残す二階堂ふみ。個性的な役をやらせたら同世代随一。
とにかくこの二人が魅せてくれる。眼福もの。
吉田羊はほとんど英語台詞で、流暢な英語を披露。
カミラ・アイコの聡明さ。子役・鈴木碧桜の野生児のようなインパクト。初めましての二人も印象的。
松下洸平や三浦友和もアンサンブルを奏でるが、女たちの物語。美しさ、儚さ、魅力に浸る。
悦子と佐知子。性格は違う。
貞淑な妻の悦子に対し、佐知子は自由奔放。悦子は夫の後ろに一歩下がるが、佐知子は柄の悪い男にも食って掛かる。
悦子が佐知子の自立した姿に憧れを感じていくのは見ていて分かる。
あの時代に特に女性が、そんな生き方は難しかった。
憧れや対比であると同時に、似通っている部分もある。
悦子は佐知子の自由な生き方に憧れている。佐知子も自由に見えて、自由を欲している。
娘のいる佐知子と身籠っている悦子。若い母親として。
だからそんな二人がシンパシーや交流深めるのは必然だが、それ以上の関係が…。
二人共、被曝者。
悦子は自信の被曝によりお腹の子供にも影響が…と気が気でない。被曝の事を夫にも隠している。
悦子が涙ながらに苦しい胸の内を打ち明けるシーンは広瀬すずの熱演もあって胸に迫る。
佐知子の場合は自身は元より、万里子の身体にはっきりと被曝の痕が。
働く飲食店の客から風評差別を受けるシーンがあったが、まだまだこんなものではないだろう。
カズオ・イシグロが長崎時代に受けたであろう風評被害への憤りを感じた。
戦争が終わり、時代は新しく変わっていく。しかし、それを受け入れられない者も。
悦子の義父は小学校の元校長で、悦子もその下で勤めていた恩師でもある。穏やかな義父だが、当時子供たちに軍国主義の教えを説いていた。あの当時だから…ではあるが、義父は自分は間違っていないと断言。その事で息子と考えの違い、教え子から糾弾される。
原爆や戦争の後遺症を引き摺り…。ここだけでも『雪風』なんかより見るべきものあった。
『愚行録』『ある男』と同系統でヒューマン×ミステリーは石川慶監督のスタイルになりつつある。
カズオ・イシグロが敬愛した小津安二郎や成瀬巳喜男のような静かなタッチの人間ドラマの中に、徐々に明かされていく秘密。悦子の“嘘”。
そこが驚きのどんでん返しになるのだが、ズバリ、佐知子=悦子、万里子=景子。佐知子と万里子は実在しておらず、全て自分たち母娘が体験した事だった…。
何故悦子はそんな回りくどい話を…?
ただ体験談としては辛く苦しいものがある。あの時代の女たち…。
架空の憧れの存在を置く事で少しでもの救いを。
実在はしてなかった。でも、私たちや彼女のような女性は何処かに存在していた。
娘の事もある。思い出の中の美談“女たちの遠い夏”だけではない。
色々と考察のしがいあるが、府に落ちない点も。
長崎時代の悦子の夫や義父は存在していたのか…?
と言う事は、景子は二郎の娘…?
米兵とアメリカに行く筈だったのに、何故イギリスに…?
イギリス人夫との出会いは描かれなくても致し方ないが、景子が自殺した理由は…?
景子との間に何があった…?
アメリカ行きの事で揉め、子猫も原因…?(はっきりとは見せないが、猫好きには辛いシーン…)
悦子とニキも何がきっかけで確執解消…?
ここら辺も見る者委ねで見た人によって解釈はあるが、どうも宙ぶらりんな感じが…。
考えに馳せて作品に浸れるというより、イマイチすっきりしないモヤモヤ感しか残らなかった。
戦争の傷痕、女たちの姿/女優陣の演技、作品の美的センスなどは良かったが…。
全体的にちょっと分かり難かった気もする。
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