「嘘、願望、夢、記憶、現実。そして希望。」遠い山なみの光 TSさんの映画レビュー(感想・評価)
嘘、願望、夢、記憶、現実。そして希望。
原作は未読だが、非常に文学的な印象を受ける映像作品だった。
現在(80年代)のイギリスと過去(50年代)の長崎を行きつ戻りつ進む物語。
薄暗く、湿気を帯び、不穏な雰囲気の漂うイギリスのカントリーサイドの平屋の家。
窓から光がさす、どこか希望を感じさせる団地の一室。
豊かな現在と悲惨な過去の対比がなされるのかと思っていたが、どうやらそう単純な話ではなさそう。陰鬱さの漂う現在の悦子。過去の若い悦子も朗らかのように見えて何かを抱えている。単なるヒューマンドラマではない。ミステリアスな雰囲気。
過去の悦子が抱えていたものは、そこが長崎であることから、生き残った人々が抱えているであろう忌まわしい原爆の傷であることは容易に想像できる。しかし、彼女が抱えているもの(内に秘めているもの)がそれだけではないということが、佐知子と万里子の母娘、元上司であり義父の緒方、夫の二郎との関わりの中で徐々に浮かび上がってくる。
佐知子と万里子に惹かれていく様子。緒方との弁当の会話、バイオリンをやめた話。順調なようでどこか冷めた二郎との関係性。
しかし、一体何を秘めているのか、はっきりしない。
佐知子と万里子の暮らすバラックは、橋を渡った先の湿地帯のようなところに建っている。その向こうには一切の人工物が見えない。バラックの中に入ると場違いなテーブルと洋食器、ライトがある。この2人はこの世の者か?実在するのかという疑問符が浮かぶ。
色々な場面に、違和感を抱きつつも物語は静かに進んでいく。
突然、ゾワッとして鳥肌がたった。
ロープウェイで登った展望台で悦子と佐知子が並んで会話を始めたときのことだ。
佐知子はもう一人の悦子!急に合点がいった。では、万里子は一体誰?
万里子の正体は、それから徐々に明らかになり、最終盤で完全に明かされる。しかし、この物語は、悦子の妊娠や二郎の存在など、つじつまの合わない細部の真相を明らかにしない。それは、映画のポスタービジュアルに描かれたように「嘘」だったのだろうか?
ここから先は、映画を見た人それぞれの考察になるだろうが、私は全てが「嘘」ではなく、そこには真実や願望、夢も含まれていただろうと思う。あるいは、悦子が自死で失った娘に対する贖罪と自己防御のために「歪めた記憶」も含まれていたかもしれない。
この作品は、文章から場面映像や登場人物の心情を想像をするような小説を読むような感覚を覚える。
戦争・原爆で見た地獄と生き残り背負った罪の意識。
家庭や世間体に縛られず自己実現を果たしたい女性。
失った娘への贖罪と後悔。
(真相を知らない故に)姉への嫉妬、母への複雑な感情を抱える妹。
そして、変わろうとする人、変わることのできない人・・・。
非常に文学的で、重層的な作りになっているように感じた。
長崎編の広瀬すず、二階堂ふみは、役柄に非常に合う配役だったと思う。イギリス編の吉田羊とカミラ・アイコの演技もよかった。
相当難易度の高そうな原作の映画化を成し遂げた石川監督の手腕は凄い。「ある男」で人間とは何か、ということを考えさせられたが、本作も人間について考えさせられる作品だった。
後半もう少し短くまとまっていたら・・・という思いもあるが、余韻と前向きな希望を残すまとめ方も、選曲にもセンスを感じる作品だった。
共感・コメントありがとうございます。
本当に心奪われる体験でした。
カズオイシグロの原作は未読なのですが、石川慶監督の
解釈を考察が更に深い意味や陰影を与えたのかもしれませんね。
〉真実や願望、夢も含まれていたでしょう。
〉変わろうとしても変われない人、
それは三浦友和の義父だけでなくて、イギリスへ
渡った悦子もきっとそうだったと思います。
《記憶の物語、》
映画を観てから暫く経った今、
二階堂ふみがはじめから吉田羊の過去の自分で、広瀬すずは丘の上の団地を見て憧れていた奥さん・・・
そんな気がしています。
イシグロさんのお母さんの物語ともおっしゃっているので、
本当に原爆を体験してイギリスへ渡った
多くの日本人女性の集約・・・
だといいのですが・・・
いくら考えても思いが尽きることかがありませんね。
共感ありがとうございました。展望台の会話で気づくなんて流石です。私は違和感はあったものの、顔が違うから同一人物とは気づけませんでした。これを映像化するなんて凄いですよね。
素晴らしいレビューありがとうございます。
曖昧で、不整合で、焦点を結ぶかと思うと、ぼやける。
おっしゃるように様々な象徴が語るものが美しい。
文学だと私も思いました。
共感ありがとうございます。
自分も苦痛の余り、引き裂かれた自分と自問自答したのだと思いました。万里子を連れて行こうとした黒い女も自分、車中で見かけたのも自分。現在の自分を目にした時、少し癒えた感じもありました。
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