「おじさんこそ観るべし」ファーストキス 1ST KISS ノンタさんの映画レビュー(感想・評価)
おじさんこそ観るべし
今年2月公開、予告編を何度も映画館で観たけれど、恋愛と死をテーマにしたものということで「ああ、またね」みたいな感じでスルーしていた。
映画をたくさん見た最後の夏休みの最終日、もう見るものがないと思った中で、見てみようかと思ったのは菊川の映画館Strangerにまだ行ったことがないからだった。ちょうど1日の計画上時間もよかった。
鑑賞に先立って調べてみると、『花束みたいな恋をした』の坂元裕二が脚本。この映画も全く興味がそそられなかったのだけれど、好きなラジオ番組でプチ鹿島さんが「おじさんこそ観るべし」と力説していたので見てみた。
恋愛ものというだけで、甘々な世界を想像していいやと思ってしまうのだけれど、とても面白く、脚本の凄さには舌を巻いた。
あとビジネス書に関わる仕事をしている身としては、彼女から見た彼が「ビジネス書を読むようなつまらない人間になってしまった」という描写が妙に引っかかったこともあって印象に残る映画だった。
さて本作である。何度か泣かされた。はずかしい。
タイムトラベルもの、パートナーの死の克服という陳腐、だからこそ難しいテーマを予想の150%上をいく描写の連続で見せられたすごい脚本。オリジナル脚本だから、もうこの人の本でやるということだけで、名作佳作保証付のような脚本家なのだろう。
僕の最後の夏休みのテーマはメメントモリだった。最後というのは、もう直ぐ定年だからだ。本当は業務委託で残るつもりだったのだが、2ヶ月ほど前、退職を決め、自分の専門性でやってきた職業自体もこれで終わりにすることにした。
あと2ヶ月で終わりだと決めてから、不思議なもので、仕事のアイデアもどんどん湧いてくる。一緒に仕事してきた後輩たちに何かを残したい気持ちも強くなる。本を読んでも、映画を見ても、深く味わえる。何だか世界の見え方が変わってしまったような感じなのである。
リアルな死ではないけれど、職業人としての死の日程が決まり、そのカウントダウンの中で日々を過ごしているから起きていることだと思っている。
あまたの哲学者や思想家たちがさまざまに語る「死を想え」の正体とはこれだったのかと思う日々である。
そして、この映画、まさにそのメメントモリ的生き方を描いた映画でもあった。ニーチェの永劫回帰を現代的物語にしたらこうなると言ってもいいだろう。
坂元はもちろんニーチェやさまざまな死の哲学も消化して、この見事な物語を描いたのだと思った。
しかしこの映画のタイトルは何だろう。『ファーストキス』なんてタイトルつけられたらおじさんは見れないではないか。
でも、観終わって、このタイトルでいいとも思う。この場面に向かう一連のエピソードは年齢を超えた愛の話でもあり、おじさんにはそういうのは嬉しいのである。
松たか子は先日見たこの夏1番の映画「夏の砂の上」の名演に続いて、全く違う方向性の役柄なのにもう素晴らしいの一言。何でもできちゃう天才なんだろうか。
坂元裕二さんの次回作も楽しみで仕方ない。