「『松たか子』が巧すぎて」ファーストキス 1ST KISS ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
『松たか子』が巧すぎて
ホームから線路に落ちた幼児を助けはしたものの、
自身は電車にはねられてしまった夫『駈(松村北斗)』。
そののち干物のような暮らしをおくっていた
妻の『カンナ(松たか子)』だが、
ひょんなことからタイムトラベルの方法を知ったことで、
時を遡り、夫が死なない未来にするために奮闘する。
もっとも結婚して十五年になる夫婦の仲は冷え切り、
彼が亡くなったのは離婚届を出す直前だった。
本作での縛りは、
二人が初めて出会った場所と日にしか移動できないことと、
限られた時間しか過去にいられないこと。
知恵を振り絞り、
亡くなる日の行動に影響を与えそうなことをピックアップ、
過去の夫の考えや嗜好を誘導し、
望む方向の未来に変えようとする。
しかし、何回繰り返しても、
現在に戻った彼女を待っているのは
誰も居ない冷え切った部屋。
そうこうしているうちに
タイムトラベルが成立する条件の終わりは
刻一刻と迫って来る。
究極的には二人が結婚しなければ
夫を救えたかもしれない。
これがラストチャンスと悟った『カンナ』は
今までとは違った手を打つ。
それによって未来は変えられるのか?
切ない物語りでありながら
全体を覆うのは{コメディ}のトーン。
がさつな『カンナ』と、
クールで物静かな『駆』のやり取りが、
柔らかな笑いを生む。
『カンナ』は付箋とレシートと紐を使い、
その日の夫の行動と
以前の出来事の相関が一覧できるモデルを作る。
過去に戻った彼女の行動を説明するのに一目瞭然のアイテムで、
脚本の練り込みの帰結だろうが、かなりの優れもの。
最初の馴れ初めが詳しく語られることはない。
が、45歳の『カンナ』は
自分に出会う直前の29歳の『駆』に二度目の恋をする。
それは乙女のような清新さで、
観ている側が気恥ずかしくなるほど。
『駆』も短い時間で、なぜかしら彼女に魅かれて行く。
なのに初々しい感情が、
年を経るごとにすり減り、
すきま風が吹くようになったのはなぜか。
それに気づいたことで
二人の間には至福の十五年が生まれる。
『松村北斗』の実年齢は29歳。
『松たか子』は47歳で、ほぼリアルな役柄。
夫の靴下を間違えて履いても
全然気づかぬほどそそっかしい『カンナ』を
生き生きと演じる。
年齢的には立派に「おばさん」も
それを感じさせない可愛さ。
一回り以上の年齢差があっても、
惚れてしまうのに不自然さはない。
どうにもわやくちゃなのに、
時として彼女の素がふっと出てしまう場面がある。
例えば、三年待ちで入手した餃子をフライパンで焼くシーン。
「美味しくできますように」と柏手を打つのだが、
その仕草からは素の粋が溢れ出す。
身についた所作を抜き切るのは、
彼女くらいの達者になっても難しいのだろう。