劇場公開日 2024年11月1日

「この狂気に戦慄」ノーヴィス ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0この狂気に戦慄

2024年12月31日
PCから投稿

悲しい

怖い

興奮

 才能を持つ者と持たざる者の違いは何だろう?そんなことを考えさせられた。
 努力をすれば必ず報われるというものではない。しかし、努力しなければ才能は開花しない。個人的に努力を美談とする風潮は好きになれないが、無目的な生き方が人をダメにするのもまた事実である。要は自分の限界を弁えることが大切なのだと思う。何事もほどほど…にというのが幸せになるコツなのかもしれない。

 アレックスはジェイミーと比べるとアスリートとしての素質は明らかに劣る。体は小さいし、スポーツをする体力的な土台作りもしてこなかった。にも関わらず、ジェイミーを超えてやろうと限界を超えたトレーニングにのめり込んでいく。その様子はもはや狂気じみているとしか言いようがない。
 何が彼女をそこまで突き動かすのか。そもそも何故ボート部に入部しようと思ったのか。そのあたりの詳しい理由はよく分からないが、彼女は何事もトップにならなければ気が済まない性格なのだろう。

 また、彼女は物理学を専攻しており、そこで行われる試験も毎回、制限時間ギリギリまで粘る。周りに誰一人いなくなっても、何回も答えを精査するのだ。このことから、アレックスは完璧主義者なのだと思う。

 物語はそんな彼女とライバルであるジェイミーの壮絶なバトルを軸に展開されていく。シンプルな物語ながら、アレックスと教師の恋愛関係などがドラマを幾分ふくよかにしている。また、アレックスには”ある秘密”があり、これもドラマを大きく転換させる仕掛けとして上手く機能していた。
 そして、よくあるスポ根ドラマとも言えるが、本作が他と違うのは努力の先に待ち受ける結果である。そこがこの手のウェルメイドな作品とは決定的に違う所である。非常に苦々しい鑑賞感を残す。

 演出もかなり凝っていて面白い。監督、脚本は、これまでに数々の作品で音響編集を担当してきた新鋭ということだ。本作が初長編作らしいが、すでに一定のスタイルが確立されていることに驚かされる。かなりの手練れという感じがした。

 まず、細かいカットで畳みかける目まぐるしい編集が見事である。アレックスのストレス、強迫観念を再現するかのようなスリラータッチが秀逸である。また、カメラのフォーカスも変幻自在で、彼女の不安定な精神状態を上手く表していると思った。

 更に、音響のプロだけあって、効果音やBGMもかなり凝っている。それこそ、病的と言えるほどのこだわりが感じられた。

 聞けば、監督自身、学生時代にボート部に所属していたということである。おそらくは自身の投影も少なからず入っているのだろう。音響編集から監督にまでのし上がるには並大抵の努力では無理である。もちろん人脈も重要だし、運も必要だが、やはり努力がなければここまで来れなかっただろう。そういう意味では、アレックスは監督自身という見方が出来るかもしれない。

 個人的には、ダーレン・アロノフスキー監督の一連の作品も連想させられた。特に、「ブラック・スワン」はドラマ的にも結構影響を受けているような気がした。

 尚、一点だけ残念だったのはクライマックスシーンである。薄暗い画面が続き何をやっているのかよく分からなかった。せっかくのロケーションも活かしきれてないのが惜しまれる。

 キャストでは、アレックスを演じたイザベル・ファーマンの熱演が素晴らしかった。正に体当たりの演技と言っていいだろう。彼女は「エスター」の怪演が強く印象に残っているが、それを超える代表作がついに出たという感じがした。ラストの表情が秀逸である。

ありの