「前半と後半で主役が交代する個性的な作品」トラップ 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
前半と後半で主役が交代する個性的な作品
”ブッチャー”とあだ名される凶悪殺人犯と、名うてのプロファイラーを司令塔とする警察側の攻防を巡るサスペンスでした。お話は、コンサート会場での攻防が描かれる前半部と、”ブッチャー”がコンサート会場を脱出した後を描いた後半部に大きく分かれます。で、この前半部と後半部で、かなり印象が異なる作品でした。
前半部では、”ブッチャー”こと主人公のクーパー(ジョシュ・ハートネット)が、愛娘のライリー(アリエル・ドノヒュー)を連れて人気歌手であるレディ・レイブン(サレカ・シャマラン)のコンサートを観に行きます。ところがコンサート会場に行ってみると、大勢の警官が至る所に配置され、各所に監視カメラが設置されていることに気が付くクーパー。異変を察知して探っていくと、このコンサート自体が”ブッチャー”捕獲作戦の罠=”トラップ”になっていることを認識。怪しい人物は直ぐに逮捕されており、しかもコンサート終了後には1か所しかない出口で徹底的に調べられることが分かったクーパーは、なんとか別の出口からの脱出を模索する。臨機応変に脱出策を探るクーパーの行動は知性に溢れており、彼が”ブッチャー”=凶悪殺人犯であることを忘れさせます。その結果、段々と当方の視点も彼の視点に立って行き、彼の脱出を願うようになって行くのが面白いところでした。いずれにしても、直接的な暴力は最低限度に抑え、知恵のある方が勝つゲームを描いたことが、”ブッチャー”に感情移入すらした原因と思われました。
ところがクーパーがコンサート会場を脱出した後の後半部は、この様相が一転。脱出に利用したレディ・レイブンに対する直接的な暴力行為をはじめ、家族をも恐怖に陥れることになるクーパーの行動には、前半部にあった知的な姿は垣間見ることが出来なくなりました。その結果、”ブッチャー”は”ブッチャー”という印象になってしまう一方で、彼に誘拐されて監禁されている被害者を、SNSを使って救出し、さらには窮地に陥っている自らやクーパーの家族たちも助け出そうとするレディ・レイブンがヒロインになる物語が後半部でした。言ってみれば、前半部はクーパーの脱出劇であり、後半部がレディ・レイブンの脱出劇だった訳です。
以上のように、前半と後半では”ブッチャー”の性格が大きく変化し、物語の主役までもが交代したお話だった訳ですが、個人的には前半部の方が圧倒的に面白かったです。前後左右をほぼ完全に囲まれた状態から、飛び道具を使わずに脱出したクーパーの物語の方が、スリル満載でした。勿論レディ・レイブンの勇気と機転の物語である後半部もスリルを感じられる物語でしたが、一度は感情移入したクーパーの転落を見るのは、ちょっと残念でした。まあ凶悪殺人犯なので野放しにしてはイカンのですが・・・
最後に俳優陣にも触れておきます。主人公のクーパーを演じたジョシュ・ハートネットは、家族想い、娘想いのいいパパという一面と、”ブッチャー”としての残忍な一面を併せ持つ二重人格を絵に描いたような人物を、極めて自然に演じており、実に良かったです。
また、後半部の主役とも言うべきレディ・レイブンを演じたサレカ・シャマランの前半部のステージでの唄いっぷりは、まさに本職だなあと感心したのですが、実際本職の歌手であることを鑑賞後に知り、納得しました。また、M・ナイト・シャマラン監督の実の娘であることも同時に知ることになり、この点は驚きました。映画に合わせて”LADY RAVEN”というアルバムも出したそうで、実は彼女の壮大なミュージックビデオの一環の作品でもあったのかしらと勘繰る性格のねじ曲がった私でした。
そんな訳で、本作の評価は★4とします。