「錘」誰よりもつよく抱きしめて U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
錘
しんどい映画だった。
たぶん久保さんよりで映画を観ていたんだと思う。書き始めた今も「うん…」っていうタイトルにしようか迷ってる。
皆様、熱演だった。
特に主演2人は絶品だった。
後天性の潔癖症みたいな病故、ある時期から彼女に触れられなくなった彼氏。
その彼とずっと一緒にいる普通の感覚の彼女。
彼氏は自分以外の物を汚く感じていて、それには愛した彼女も含まれる。
自分が彼氏から汚いと思われている彼女の心理ってどんなもんなんだろうか…?病とはいえ、その境遇を毎日毎分、否定して生きていくのは相当な労力も精神力もいると思われる。彼の仕草一つに精神を擦り減らされるようにも思う。
沈痛な面持ちで彼氏を思いやる彼女を見ながら「思い出だけで愛は継続できるものなのだろうか?」と考える。
かつて、幸せだった時間。
この病が完治すれば、元に戻る時間。
一過性のものだ。もう少しの辛抱だ。
…そんな事を彼女はずっと唱えていたように思う。
まるで錘のようだと感じる。
どう考えても割に合わない。でも、一度抱え込んだソレを放すと、それまでの感情を自ら否定してしまうようにも思うのだろう。
その錘を抱え続ける事が証明にもなるかのようで「愛」ってなホントに厄介だ。
薬にも毒にも、麻薬にもなりやがる。
彼氏の気持ちもよく分かる。
自分じゃどうしようもない事ではあって、ソレに1番腹が立っているのは自分だ。
彼は言う「僕は精神病じゃない」…厄介なのは自己肯定感を失えば深みにハマっていく傾向があるって事で…明らかに異常だけど、それでも自分を諦めてしまえば沈んでいくだけなのだ。
そんな首の皮一枚でギリギリ生きている人間に思えた。
物語の中盤で、彼と同じような症状の女性が登場し、2人は共感し合う。
楽しそうに見える。
お互いが持つ悩みを分かち合える存在から得られるものは多々あるのだろう。
でも、お互いがお互いに触れられない。
このもどかしい指先に込められる想いたるや…それだけで自分を呪い殺しそうである。
この女優さんも、素朴でいい感じだったなぁ。
そんな2人を見つめる久保史緒里。
やるせないわなぁ…。
あんなに献身的に一生懸命耐えて、ずっと彼のそばにいるのに、あんな笑顔もあんなテンションも、自分に向けられるものじゃない。
彼を1番笑顔にしてあげたいのは自分なのに、自分には出来ない。彼の無神経さへの憤りもあるだろう。彼の治療にもなるって思っているとは思う。
でも許容できない。
だって、1番彼に触れたいのは自分なのだから。
そんな叫び声が聞こえてきそうな表情だった。
韓国人のイケメンの存在もワザありだった。
久保さんが揺れまくるのだ。
こっちは気が気じゃないのよ!
なんかチャラそうな男に引っかかっちまうのだろうかとヒヤヒヤする。絶妙に信用が置けない顔立ちなのだ、この男は。なのだが不慣れな日本語のせいで誠実な感じも受けてしまう。
そしてフと思う。
俺がこんなにハラハラしてるのは、画面上で久保さんが揺れまくって内面を余すとこなく表現しているからなんだ、と。
恐るべき久保史緒里…。
難しい役所だと思うけど、彼女の立ち姿も声のトーンも、切り替えも眼差しも完璧だったように思う。
アイドルが持つ儚さと線の細さが、ここまで際立つような役でもあったのだろう。
いつの間に、こんな情感を纏える役者さんになったんであろうか…感服した。
それを演出した内田監督も見事としか言いようがない。
タイトルの候補にした「うん…」だけど…。
時折、彼女は彼からの発言に「うん…」と頷く。
受け身にならざるを得ないのだ。
大学時代の彼女は、おそらく能動的で海外支援にも参加するような人だったのだろう。
そんな彼女の変化を思うと「錘」ってタイトルになったし、その変遷が「うん…」に集約されてるようで、ホントにやるせない。
土砂降りの雨の中、彼の方に傘を差している久保さんが痛々しくて…本来ならば女性が濡れないようにしてあげるのがベターだと思う。そんな普通の事もしてもらえない自分だし、それをしてあげられない彼だしなんて事を思うと、可哀想やら腹立たしいやらで訳わからん。彼女が彼に渡した傘には「もう守ってあげられない」って意味合いもあったんだと思う。
彼も頑張ったよ!
下水溝に手を突っ込んで靴を取り出してあげたんだから!でもそれ以上が出来ない自分では彼女を幸せにしてあげられないって確信してしまったんだよね。
こんな引き裂かれ方って…あんまりだよっ。
けど、今までの言動から彼女も病んでいたのだろうと思う。依存症というか、庇護欲というか…「一緒にいるだけで幸せなんだよ」とか「1人でどうしたらいいの?」」とかっていじらしい言葉の裏側には、そんな感情もあったんじゃなかろうかと思う。
…なんてしんどい関係性だろうか。
それから数年後、病から回復した彼と再会する。
コレがラストシークエンスなんだけど、彼女はまたしても受け身だ。
やっと抱きしめてもらえたのに、その表情はどこか暗い。最後の彼女の表情で、このレビューのタイトルが「錘」になった。
難解なラストではあるのだけれど、彼女はまた彼のために自分の時間を使う選択をしたようだった。
しんどい作品だったけど、構成の妙というか、ストリーディングの巧さというか…ずっと焦点がブレずにいた作品だったように思う。
何につけても久保史緒里さんが抜群だった。