アルプスに囲まれたイタリアの最北、雪で真っ白に覆われた村の冬から始まる。静かで生活音だけが響く。声の低いお父さんは小学校の先生だから村の人達からはマエストロと呼ばれる。子どもも大人も生徒で読み書きや文法を教える。びっくりする程の子沢山だ。10回も出産した妻は夫と比べて信じられない程痩せている。息子が4人、娘が3人。その前に二人の赤ちゃんが死んでいる。病気で死んだ赤ちゃんの弔いが済んだと思ったらまた妊娠。それで生まれたのが男の赤ちゃん。10回目の出産が済んで長男がママに花束を贈る。夫はそれは盗んだ花だと難癖をつける。息子は違う、家の庭の花だ、妻も言う、10回も出産したのにあなたは花束一つくれたことがないと。しばらくしたら彼女はまた妊娠している。
赤ん坊と子どもの面倒、食事の支度と後片付け、洗濯に掃除に牛の乳搾り。母親と娘たちと息子たちは自分ができる仕事を黙々とこなす、一方父親は何もしない。勉強したいのに妹の方ができると父親=マエストロに判断されて進学できない次女が可哀想だった。その子は父や姉の秘密を知っていて賢い敬虔な信者だ。彼女は姉が箪笥の奥で何をしているかも、父親が煙草をよく吸うことも、煙草がどこにあるかも、父親のデスクの中にはエロティックな革張りの写真本が隠されていることも知っている。その父親=夫は心の糧だと言って3枚目のレコードを購入する。妻は糧が必要なのは子どもたちだ、食べさせなくてはと夫に詰め寄る。男は生産的なことも、今必要とされることもできない。長女ルチアの結婚パーティーでも、あのイタリアチックな細長いテーブルに座っているのは男達。花嫁であるルチアも含めてテーブルの周りを立って動いて飲食の世話をするのは女達だ。
チリから来たよそ者だが、煙草を吸い自転車を乗り回す短髪のヴァージニアは村人からは胡散臭く見られているけれど自由だ。彼女がルチアの悲しみと絶望を一番わかっていた。
忌まわしい寝室を真っ暗にして扉を閉めて映画は終わる。冬から春、夏と季節が巡りあまりに美しい自然が悲しさを倍増させた。小さな弟達の会話や授業風景は楽しく笑えるシーンで救われた。(イタリア映画祭2025)