「インドの闇を照らす小さな光のような映画」花嫁はどこへ? jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
インドの闇を照らす小さな光のような映画
インドの社会問題をエンターテインメント映画にして大ヒットを連発するインドの至宝、アーミル・カーン製作、元奥さんキラン・ラオ監督の本作。今回はインドの田舎村の若い女性を取り巻く問題を取り上げます。
幼妻、プール
新婚の彼女は新郎ディーパクさんに連れられ、はるか離れた新郎の村を目指し、列車の旅に出ます。車内にはたまたま複数の新婚カップルが。新婚の花嫁はみな赤いベールを深々と被り、顔を覆っています。女性の尊厳を守るためのベールは女性の自由を奪うものでもあります。プールはひょんなはずみでディーパクとはぐれ、一人見知らぬ駅に取り残されてしまいます。今更実家に戻るわけにもいかず、夫の村の名前も分からない。ああ、インドならありうるかも…。インドで迷子になったら死ぬかも…。若い女性が一人でいたら殺されちゃうかも…。スマホもないし連絡手段もありません。インドは治安のいい日本とは違います。もう生きるか死ぬかのピンチです。外では男たちがうろついており、彼女は駅のトイレに隠れて夜を明かします。そんな彼女は駅に住み着いた物乞いの二人組と売店のおばちゃんらに助けられ、命拾いします。まさに助け合い精神。捨てる神あれば拾う神あり。貧しいもの同士が助け合って生きる姿を見ていると、古き良き日本の姿や人情という言葉を思い出します。
売店で働く肝っ玉おばちゃん。彼女は暴力夫と別れ、貧しいながらも自立した生活を営んでいます。プールは彼女らとのふれあいの中で視野を広げていきます。母から仕込まれたお菓子作りの腕を発揮し、生まれて初めて自分の力でお金を稼ぎます。
もしディーパクと再会できたとして、駅に寝泊まりしたような自分を、新郎と家族は受け入れてくれるのか。プールさんの不安の種は尽きません。
新妻、ジャヤ
親の決めた裕福な相手との結婚が決まりましたが、本心では結婚なんかせずに大学で農業の勉強をしたいと願う彼女。彼女もまた新郎に連れられ列車の旅に。ひょんなことで新郎の元を逃げ出し、ディーパクの村へ潜り込み、偽名を使って村に居座ります。彼女の作戦はなんとか新郎から離れ大学へ行くこと。でも警察に身元を暴かれ、金目当ての結婚詐欺犯として留置所に入れられてしまいます。そして本物の新郎が彼女を迎えにやってきて、ジャヤに人生最初にして最大のピンチが訪れます。
プールは夫を支え、伝統に従って生きようとする、良妻賢母型の女性です。ジャヤは古い因習から逃れ大学で高等教育を受けることを望む、新しい生き方を模索する女性です。本作の脚本の素晴らしいところは、全く異なる2つの生き方を、どちらも肯定的に描いていることだと思います。二人の女性の間には対立や分断はなく、相互理解があります。日本のフェミニズム活動家の中には、自分の生き方を肯定したいために相手の生き方を否定するような言動をされる方がいますが、本作にはそんな人は出てきません。今後インドでも日本のように先鋭的なフェミニズム活動家が出てくるのか、興味深いところです。
二人の新郎
プールの新郎ディーパクは田舎の純朴な青年です。彼は良い夫代表です。ジャヤの新郎は金持ちの嫌な奴。ジャヤを殴りつけ持参金を奪い取ります。前妻は子供ができなかったために焼死しており、自殺なのか他殺なのかも分かりません。彼は悪い夫代表です。新郎たちのキャラクターはもう完全なステレオタイプで描かれています。インドの女性の運命は良い夫と巡り合うか悪い夫と巡り合うかで、大きく変わってしまうのでしょう。
警察官マノハール
賄賂は受け取るわ、暴力は振るうわ、まさに権力を笠に来た横暴警官です。ですが、ジャヤの真実、彼女は貧困から立ち上がる力と知性を兼ね備えた女性であることを知ったとき、彼はその権力を利用して悪い夫を退治します。この警官は善悪を兼ね備えた存在であり、ステレオタイプの夫たちに比べると複雑なキャラです。本作では非常に大事な役割を果たしています。当初アーミル・カーンが演じる予定だったそうですが、ラヴィ・キシャンのはまり役のようです。
本作ではインドの女性たちを取り巻く様々な問題が描かれています。親の決めた相手との結婚と持参金の負担。町へ出稼ぎに出た夫に会えずに笑顔を忘れた新妻。夫の写真もないため、彼女は自分で描いた夫の絵を大切に持っています。夫の好みの料理を作り続け、自分の好みを忘れてしまった女たち。ネットで「インド 妻 殺す」で検索すると、悲惨な記事が山のようにヒットします。『持参金が少なかったからと、夫の家族らが新婦を殺害する持参金殺人も相次いでいる。最悪期の2011年には年間8618人の女性が犠牲になった』という記事などを読むと暗澹たる気持ちにさせられます。本作はハートウォーミングのハッピーエンドで幕を閉じましたが、現実社会はどうなのか。現実社会の闇と貧困が深いほど、作り物である映画は輝くのかも知れません。戦後日本がそうであったように。その意味ではこれからもインドでは面白い映画が作られ続けることでしょう。貧困から立ち上がろうとする力こそ、面白い映画の原動力なのかも。そして本当の闇は娯楽映画で描くことなどできません。
本作では幼妻プールを演じたニターンシー・ゴーエルさん、ジャヤを演じたプラティバー・ランターさん、日本語字幕を担当した福永詩乃さん、3人の若い女性の才能が輝いています。中でもニターンシー・ゴーエルさんは本作でブレイクを果たしたそうです。youtubeチャンネルも登録者数59万人と大人気です。本作で演じた貧しく健気な幼妻役と華やかな現実生活との落差が楽しめます。夢を掴み大都市で西洋化した暮らしを謳歌するスターや富裕層たち。一方中世のような暮らしのまま置いていかれる田舎村の住民たち。インドって、大きくて複雑で面白い国です。日本のように簡単には西洋に飲み込まれることはないでしょう。