劇場公開日 2025年3月20日

「少年と犬の国のアリス」少年と犬 つくねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0少年と犬の国のアリス

2025年3月27日
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鑑賞方法:映画館

原作も読んでいたし、それに犬。これまで犬、狼、そういえば馬の映画もあったが、泣けなかったことはない。
でも今回の作品はいままでのどの映画とも次元が違った。感動を高めるような泣かせる作劇の定石(クリシェ)がことごとくはずされる。劇中音楽(車の中でCDを聞く、セレモニーの会場でマイクに向かって即興で歌うなど)を除きほとんど音楽はない。人物が悲しい結末におちいったとしても過剰な説明もさける。犬への擬人的な感情移入を誘う描写もない。極めつけは、ロードムービーへの展開かと思われる手前で主人公の一人が消える(アントニオーニの映画のように。もちろん違う形で再生するのだが)。期待する感情の流れがストイックに抑えられるのだ。まるでそういうことを描く映画ではないのだというように。
たしかに冒頭にはっきり示されていた。同級生に疎ましがられ、他のみんなみたいに塾帰りにお迎えもない見知らぬ小学生がバスの中で、宇宙図鑑をひとり読んでいる。通路を挟み隣にいる美羽は何を感じたのかその女の子に話しかける。いくつかの会話の後、女の子の問いかけに答えるように美和は語り始める。多聞という犬の物語を。どこからきてどこへいくのかという問いへの答えを。私たちが見るのは、偶然に出会った女の子に美羽が語る物語なのだ。語り口は不自然なときも共感をさかなでするときもある。しかしこれは過酷な過去と犯した罪から立ち直り再び生きなおすために回想し語りなおさなければならない物語だ。その物語はあまりにもせつないが、なんと輝いている事だろう。
ラスト、物語を聞き終えた女の子は石段を登って帰っていく。まだ幼かった多聞が少年と遊んだ公園を美羽は眺める。このシーンは見事だと思う。なぜならそこに(たぶん私たちも画面の中にさがした)シェパードの姿がなかったから。涙が溢れるのを押さえられないでいるとテーマ曲が静謐に流れクレジットタイトルが始まった。
消費されて終わる映画だとはとても思えない。数十年後にも残る映画に違いない、少なくとも私は忘れない、と確信し映画館を出た。女の子と美羽がさいごに語り合っていたあの焼肉のお店、そういえば、こういうことが自分にとっての幸せだと美羽はあの頃はずかしそうな瞳で言っていたのを思い出した。

つくね
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