劇場公開日 2024年10月4日

「芸術と政治」ビバ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦 すーちゃんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0芸術と政治

2024年10月15日
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鑑賞方法:映画館

知的

世界的に活躍するクラシック音楽の指揮者は欧米、東アジア出身者が多いが、ドゥダメルはベネズエラ出身だ。
貧困国ベネズエラの音楽教育について無知であったが、エル・システマという青少年教育音楽プログラムの存在を初めて知った。
オーケストラというのがミソで、楽器の演奏技術だけではなく、集団での音楽体験を通じて忍耐力・協調性・自己表現力を身につけられる、ひいては青少年を麻薬や犯罪などから遠ざける効果があるという。
ドゥダメルはこのプログラムの出身で、ボリビア交響楽団(BSO)を率いる立場でもあり、同僚の支持も厚い。
だが、40年来続いてきた国を挙げてのプロジェクトが、ベネズエラの経済危機、政情不安によって存続の危機に追い込まれる。
政治的発言から距離を置いてきたドゥダメルだが、オーケストラメンバーが反政府デモで射殺されたことで政府に対峙せざるを得なくなり、結果的に彼自身も故郷を追われることになる。
日本では芸術と政治は無関係と考える風潮が強いが、ナポレオンに影響を受けたベートーヴェン、ワーグナーを政治利用したヒトラーなど、世相と無関係だった音楽家はいない。
クラシック音楽のマーケットはヨーロッパがメインであり、事業自体が国家主導なこともあるため政治的利用をするのはたやすい。
その中でプロの音楽家として生きていくことは民間主導のごく一部のマーケットしかない日本より、ずっとハードなことなのだ。
(この映画は2017年前後に撮影されているが、数年後ロシアによるウクライナ侵攻が勃発し、ロシア出身の音楽家はキャンセルまたは亡命の選択肢を迫られ窮地に立たされている)
画面の中のドゥダメルは快活で人間愛に溢れ、自らが信ずる芸術への崇高な理念を語るだけでなく、周囲を巻き込んで行動するエネルギーを持ち合わせている。
ベートーヴェンを指揮する背中は、芸術は個人的な心の拠り所に非ず、社会を変革する力を持つことを雄弁に語っていた。
ドゥダメルの核を形作ったエル・システマの灯火を消してはならないだろう。
彼がふたたび故郷の地を踏めることを願う。

すーちゃん