劇場公開日 2025年3月7日

「シンシア・エリヴォ圧巻のパフォーマンスにだいぶ寄りかかった作品」ウィキッド ふたりの魔女 いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5シンシア・エリヴォ圧巻のパフォーマンスにだいぶ寄りかかった作品

2025年3月21日
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鑑賞方法:映画館

本作は、舞台の大ヒットミュージカルの第一幕だけを映画化したものだが、上映時間なんと161分。舞台版の第一幕がブロードウェイ、劇団四季ともに約90分だから、単純計算で70分以上延びていることになる。とはいっても映画独自のオリジナル曲が増えたわけではない。これほど延びた理由は、舞台版にはなかったエピソードをいくつか追加したり、既存場面やミュージカルナンバーに新たな描写やセリフ、アレンジを加えることによって、大幅にドラマ性を強化したからだ。それにしても長い…。

また本作では、舞台と違って空間的制約などを受けない映画ならではの強みを前面に押し出したビジュアルが次々と繰り出される。
たとえば、いきなり壮大に組まれたセットと人海戦術を見せつけるオープニング(「No One Mourns the Wicked」)からしてそうだ。ここでは往年のMGMミュージカル映画、ことに『オズの魔法使い』への原点がえりを想起させる(余談だが、このシーンで巨大な藁人形を燃やすさまは、“映画の国の住人”なら『ミッドサマー』を連想して、ビミョーな空気になってしまうだろう、笑)。
また、空間をフルに使った「The Wizard And I」のパートでは、『サウンド・オブ・ミュージック』冒頭のように、広大な野を駆け巡る開放感が存分に味わえる(ただし本作でその行き着く先は、文字どおり断崖絶壁なのだが…)。
さらに図書室でグルグル回転する円形書庫(「Dancing Through Life」)のセットデザインはモダンで洒落ているし、エメラルド・シティへ向かうスチームパンク風な列車(「One Short Day」)は『ズートピア』の旅立ちにも似てワクワク感が広がる。
そのほか、CGで描かれたリアル動物たちが喋ったり、主人公の心の昂りに併せてド派手にフライングしたりと、映画の「自由度」は舞台など比ぶべくもない。

それではミュージカル本来の魅力という点で本作はどうだろう。ここでの「本来の魅力」とは歌とダンスのことを指す。「歌」と「ダンス」の力こそが、ある意味デフォルメされたステレオタイプなキャラクターに息吹を吹き込み、直截的に心に刺さってくる原動力となる。ミュージカルを見る醍醐味はここにあると言ってもいい。

で、まず本作の「歌」について。どのナンバーも聴いた瞬間こそキャッチーなのだが、一聴してメロディーを(サビの部分だけでも)耳コピできるものはごくわずかだ(…って自分が音痴ということ?)。メロディアスな旋律が少なく、高い歌唱力を要するものも多い。記憶にとどめにくく意外と敷居が高いのだ。むろん長いブロードウェイ・ミュージカルの歴史で往年の名作と呼ばれるものには必ずあった「誰でも口ずさめるような親しみやすい歌」が近年の舞台からは生まれにくくなっているという時代的変遷はあるだろう。しかし本作はかりそめにも『オズの魔法使い』を下敷きにしているのだから、そうしたナンバーがせめて2曲くらいあってもいいのに、と無いものねだりしてしまうのだ。
それでもアリアナ・グランデが歌う「Popular」とシンシア・エリヴォの「Defying Gravity」、この2曲は素晴らしい。ことに後者は、エリヴォの圧倒的な歌唱力によって、自立した緑の肌の女性が前に向かっていく力強さが画面からあふれ出している。こんな時、生歌唱・生パフォーマンスに立ち会える舞台と比べて、映画というメディアは圧倒的に不利だが、彼女のダイナミックな表現力はそれを補って余りある。

なおエリヴォは、「カラーパープル」のブロードウェイ再演時にも、前向きに歩む黒人女性の姿を力強く造型してトニー賞ミュージカル主演女優賞に輝いている。同じような意味合いで、悪い魔女エルファバ役へのキャスティングは本作を勝利へと導いた最大の要因といえるのではないか。

この「Defying Gravity」を含む一連のシーンは、まずヒッチコックの『めまい』のように木造階段を昇りつめた先で、エリヴォが座頭市みたいにマントを翻しながら魔女宅のデッキブラシよろしく箒を構え、天窓を突き破って飛び出す。その後、熱唱を聴かせながらクリストファー・リーブ(!)のスーパーマンみたいに彼方へ飛び去っていく——という流れだ。いささか子ども向け映画を思わせるノリの描写ではあるが、彼女のパフォーマンスは各ショットの熱量を一段高く引き上げてくれて、気分爆上がりのうちに幕は閉じる。

さて次に、本作の「ダンス」について見ていくと、ジョン・M・チュウ監督は、典型的なミュージック・ビデオ・スタイルによってダンスパフォーマンスを切り刻む。思えば前作『イン・ザ・ハイツ』でもオープニングナンバーからいきなりカット割りの嵐。ありきたりなビデオクリップみたいで結構イライラした覚えがあるが、本作でもその傾向は強い。また、ヒップホップに傾きがちな振付(映画版の振付は、前作に引き続きクリストファー・スコットが担当)は当世流といえばそうだし、好みもあろうが、正直なところ往年のミュージカルに寄せたダンスパフォーマンスも少しは見てみたかった。

そんなダンスナンバーの中で特に目立っていたのは「Dancing Through Life」のパート。図書室を舞台とするその前半部では、王子様役のジョナサン・ベイリーが朗らかに本を足蹴にするシーンが個人的には軽いショックだった(笑)。話によると、ここでの振付には一部、映画『恋愛準決勝戦』へのオマージュが込められているとのことだが、個人的にはむしろクリストファー・ノーラン作品、なかでも『インセプション』でビル群がひっくり返るショットが想起された。これは前作『イン・ザ・ハイツ』の“無重力デュエット”でも感じたことだ。
そして同パート後半部のダンスでは、オズダスト・ボールルームを舞台に主役2人によって踊られるデュエットが本作最高の見どころだ。とくにシンシア・エリヴォのパフォーマンスは不粋なカット割りさえもはねのけ(笑)、圧巻のひとこと。複雑なセットピースを廃したシンプルな動きが化学反応を引き起こす。今まさに目の前でアリアナ・グランデとの間に精神的な絆が形成されていく様がまざまざと「見てとれる」のだ。入魂の身体表現が発するパワーに心揺さぶられ、しばし涙が止まらなかった。

最後に、エリヴォ以外で気になった共演者たちをざっと記しておく。
まずアリアナ・グランデ。彼女が予想外の善戦で、ちょっと不思議ちゃん要素も加味したぶりっ子キャラがよくニンに合っている。『バービー』のマーゴット・ロビーのような“あざとさ”も感じさせず好印象。オープニングで、彼女が自分の乗ってきたシャボン玉(?)を割るのに小杖の先でちょこんと触れ、再びシャボン玉をつくる際はつま先でスイッチを入れるような仕草をするのがなんともユーモラスで、一気に心掴まれた。もちろん、このミュージカルのために肉体改造した歌唱法が立派だったのはいうまでもない。
アジア系のミシェル・ヨーは魔法学部長のマダム・モリブル役。そうか、悪の手先なのか、はあ……。同じくアジア系のボーウェン・ヤンはアリアナ・グランデの取り巻き役の一人だが、SNLではあんなに溌剌としている彼が、本作ではステレオタイプなオネエ的演技に終始して鼻につく。『バービー』でライゴスのやはり取り巻き役だったシム・リウの方がはるかに善戦していた気がするな……。

以上、まとめると「シンシア・エリヴォあっての本作」といった印象が強く、彼女の存在感に相当寄りかかった作品のように思えたのだった。

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いたりきたり
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