「差別偏見や誤解に屈せず、自分を信じる力こそ本当の魔法」ウィキッド ふたりの魔女 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
差別偏見や誤解に屈せず、自分を信じる力こそ本当の魔法
ブロードウェイの大ヒット・ミュージカル。
名作『オズの魔法使』の前日譚。
絶対に失敗出来ない二重のプレッシャーをはね除け、魔法が掛けられ、歌とダンスに彩られた、近年屈指の極上ミュージカル・ファンタジーとして見事成功した。
『オズの魔法使』も派生作品が多い。
以前にもサム・ライミ監督で(珍しいファンタジー!)前日譚『オズ はじまりの戦い』があり、あちらは後に“オズの魔法使い”になる男の話だったが、こちらは善と悪の二人の魔女にフォーカス。
オリジナルのブロードウェイ・ミュージカルは見た事ないが、タイトルは知っていた。
ブロードウェイ・ミュージカルの映画化も数あれど、異例の二部作で。並々ならぬ意気込みを感じる。
オズの魔法の国。
マンチキンランドの民たちは歓喜に沸いていた。邪悪な西の魔女が死んだ。
北の善い魔女グリンダは民にそう報告し、共に喜ぶ。
民から疑問や質問。西の悪い魔女は何者だったのか。グリンダ様は昔、西の悪い魔女と友達だったのですか…?
グリンダは西の悪い魔女との出会いを語り出す…。
『オズの魔法使』のハッピーエンドから始まり、過去に遡る。ニヤリとさせられる作りに掴みはバッチリ。
オズの国の魔法学校、ホグワ…じゃなくて、シズ大学。
入学してきたグリンダ(入学時は“ガリンダ”で後に“グリンダ”に改名するが、レビューでは“グリンダ”に統一します)。美しく、明るく、キラキラ輝き、入学早々皆の人気者で注目の的。
もう一人。別の意味で“注目”。
足の悪い車椅子の妹と入学してきたエルファバ。
緑色の肌に、ジロジロ、ヒソヒソ…。
グリンダが良かれと思って気遣うが、かえってそれが誤解に。
大学の学部長であるモリブル夫人に憧れているグリンダ。が、夫人は特別魔法の力を持たないグリンダを相手にせず。
ある時、周囲の偏見に耐えられなくなって、エルファバが思わぬ魔法の力を発揮。その力に特別さを感じ、夫人はエルファバに目を掛ける。
最悪の出会いとなった二人の若き魔女。さらに不運な事に、夫人の命令で相部屋する事に。
波乱の魔法学校生活のスタート…。
前日譚でキャラの若き日のあるあるとして、オリジナルのイメージとは別で正反対。本作も然り。
『オズの魔法使』での西の悪い魔女は、トンガリ帽子に黒いローブにマント、ホウキにまたがって印象的な笑い声。“THE魔女”。
本作では黒愛用だが、性格は真面目。と言うより自分の緑の見た目に引っ込み思案で、自信も持っていない。
生い立ちも暗い。緑の肌の赤ん坊に両親はショック。妹はそうならぬよう父親は母親に薬草を飲ませた結果、母親は死に、妹は足が不自由に…。
家族に愛されないのも周囲の偏見も、緑の肌で生まれた自分のせい。
西の悪い魔女の若き日は、薄幸の女性だった。
そんなネガティブに対し、超ポジティブ。
非の打ち所がない陽キャラだが、何だか自惚れ、自意識過剰、自分大好き、自分一番感がちらつく。…いやもう、それが溢れ出ている。
『インサイド・ヘッド』のヨロコビみたいな好かれキャラだけど、何処かちょっとウザくて面倒臭い。
それをノリノリハイテンション快演やキュートな魅力やさすがの歌とダンスで、アリアナ・グランデが見事自分のものに。
髪ゆらゆらや“緑の魔女を。プロデュース”などなど、愛嬌たっぷりで愉快。
殊に歌手が役者デビューするとコケる場合が多いが、もう主役と言っていいくらいの存在感。オスカーノミネートは当然。受賞しても良かったのでは…?(まだ『エミリア・ペレス』を見てないので現時点ではアリアナ推し)
最初はソリが合わなかった二人だが、次第に…。
相手をひと度知ると、本当の面が見えてくる。
見た目、周囲の思い込みや決め付け、差別偏見、誤解の何と愚かな事…。
『オズの魔法使』は白人の北の魔女が善で、緑の肌の西の魔女が悪という今思うと差別的な描写も感じられるが、『ウィキッド』はそれに対するアンチテーゼでもある。
それにしてもあの『オズの魔法使』からよくここまでアイデア膨らませたものだ。ブロードウェイ・ミュージカル時から人気なのも頷ける。
魔法と歌とダンスに彩られた世界。
二人の快演と友情。メッセージ性。
それらは申し分ないが、それだけで前編160分超え、しかも二部作はちょっとしんどい…。楽しいのは楽しいが、正直前半、ちょっと冗長さも感じてしまい…。
二人の関係性やエルファバがどう“悪い魔女”になったかだけじゃなく、後半はオズの国の秘密が明かされるドラマ展開もそつなく。
人間と人語を話す動物たちが暮らすオズの国。
しかしある日突然、喋れる動物たちが捕まる。
エルファバは必死に訴え。
その姿勢や強力な魔法が認められてか、エルファバは招待を受ける。
オズの国の首都、エメラルド・シティ。オズの国の偉大な魔法使いで陛下、オズから。
エルファバはグリンダも誘って、いざエメラルド・シティへ。
そこは魔法の大都会。
二人は偉大な魔法使いと謁見。威圧感と巨大な顔にビクビク…。
その“顔”から現れたのは、至って普通の初老の男。彼こそがオズ。
二人を親切にもてなしてくれて、打ち解ける。特にエルファバのピュアさや才能を気に入る。
そこへ祝福に現れた夫人。オズとは昵懇らしい。
この広間にある魔法の書、グリムリー。これを読めた者は真の魔法使い。
まだ時期尚早かもしれないが、エルファバが試してみたら…、誰も読めなかった魔法の書を読めた。
途端に、番兵の猿たちに異変。翼が生える。
これに喜んだのはオズと夫人。“スパイ”として使えると。
どういう事…?
オズの国の秘密。オズと夫人がある陰謀を企てていた…!
偉大な魔法使いとされるオズだが、実は彼は魔法の力など持ってないペテン師である事は『オズの魔法使』を見てれば周知。
でなくとも、オズや夫人やこのオズの魔法の国そのものに何処か胡散臭さが…。
オズと夫人の企みは、オズの国を“人間ファースト”にする事。
それには“敵”が必要。喋る動物たちがその矛先に。
強力な魔法も必要。そこで夫人が目を掛けたエルファバに白羽の矢が当たった訳だが、それはつまり、“利用”。
オズと夫人と国の真の姿にショックを受け、反発するエルファバだが、グリンダはそっち寄り。
友情育まれた二人に、亀裂が…。
こんな事は許されないと、エルファバは魔法の書を持って逃走。夫人によって“邪悪な魔女”に仕立て上げられる。
緑の肌は邪悪さと醜さが表れたもの。
そうオズの国中に伝える夫人だが、その差別と偏見こそ邪悪さと醜さに他ならない。
『オズの魔法使』の悪い魔女の真実。差別や偏見や誤解によって仕立て上げられた“悲運の魔女”であった…。
かなりの大胆解釈だが、何故かしっくり来るから不思議。これも作品の持つ魔法か…?
開幕から画面いっぱいに広がるファンタジーの世界。美術や衣装でのオスカー受賞はこりゃ当然。
実はオリジナルのブロードウェイ・ミュージカルの楽曲は知らないが、どれも魅力。
特に印象に残ったのは、グリンダがエルファバをプロデュースするシーンのノリノリの曲、エルファバがフィエロへの片想いを歌う切ない曲。そしてクライマックス。エルファバがホウキにまたがって空高く舞い上がる力強い曲。最高のカタルシスであり、本作の締めと次作への高揚感満点の橋渡し。
CGも魔法のように効果的に用い、物語も映像面も技術面も楽曲もアンサンブル演技も素晴らしい。
『イン・ザ・ハイツ』でもミュージカルを手掛けたが、さらに進化。ジョン・M・チュウがスクリーンに魔法を掛けた。
袂を分かつ運命になったエルファバとグリンダ。
その別れ際、グリンダはエルファバに黒いマントを。
ホウキにまたがり、トンガリ帽子、黒いローブとマント。我々がよく知る『オズの魔法使』の西の魔女の姿に、ゾクゾク。
自分を信じる。例え国中が敵になり、悪に仕立て上げられても、私は私の信じる道を行く。
力強い歌声。我々も一緒に体感しているような飛翔感。
それを堂々体現したシンシア・エリヴォの熱演。
前半こそアリアナに押され気味だったが、徐々に魅せる主役の存在感が巧みで見事。
後編が待ち遠しい。
虹の彼方に思いを馳せて、待望。
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