「一見、ブラスバンド対決にみえるが。」ロール・ザ・ドラム! 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
一見、ブラスバンド対決にみえるが。
スイス・ロマンド(フランス語圏)の東方に位置し、イタリアと国境を接するヴァレー州(シオン城、ワインが有名)は、1970年、女性参政権で揺れていた。
スイスでは、男性には兵役があり、それを果たせない女性には、参政権は長く与えられなかった。しかし、兵役に相当する義務が認識されるようになり、住民投票ではなく、男性のみに与えられていた投票権の壁を乗り越えて、連邦レベルで女性の参政権が認められたのは1971年。ウィリアム・テル以来、州の独自性が認められているスイスでは、長い道のり。直接民主制の成果。
ここまで書いて、突然、判った!この映画では、その流れを音楽に託して描いていたのだ。
小さな村モンシュで、ワイン醸造を生業にするアロイスは、地元のブラスバンドの指揮者を長年務めており、3年おきに開催される音楽祭参加のためのオーディション通過を目指していた。アロイスの楽団を構成しているのは地元の学校を出ている男性のみで、ある種の選抜もある。しかし彼の指導に飽き足らない楽団のメンバーが、村出身でプロの音楽家としてパリで活躍するピエールを呼び寄せてしまう。ピエールは才能ある女性や移民を次々と楽団のメンバーに迎え入れる。移民は比較的、管理の緩いイタリアを経由して中東から入ってきたブドウの収穫を中心とする季節労働者とその家族のように見えた。やがて、2つの対照的な楽団が出来あがり、女性参政権のための投票を控えた村では面倒なことになってゆくが、二つの楽団の派手な抗争の後、宥和が達成される。音楽にある種の力があることが判る。
この映画を見ていると、自分の心の中には、保守的なところがあることに改めて気付かされた。家内には守ってほしいことがある、それはとても口には出せない。ところがアロイスは、それを口に出す勇気がある。素朴と言ってしまえばそれきりだが、彼は、それに勇気を得て前に進むことができたのだ。娘のワインのブレンド力を認めたことが、その第一歩だったのだろう。我々も、以前のような等質の社会ならばともかく、異質の社会では、本音をぶつけ合って、しかも解決策を見出すことが必要なのではと思った。表面的な与えられた民主主義でなく、自ら勝ち取った本当の直接民主主義を。現在のような暴力や犯罪、戦争が蔓延る社会からはユートピアのように見えはするが。