「ほろ苦さにこめられた希望」追想ジャーニー リエナクト 十個さんの映画レビュー(感想・評価)
ほろ苦さにこめられた希望
壮年と呼ばれる年になった。未来への希望がないわけではないが、もはやエヴァーに乗れというオファーが来ないだろうという失望感はある。
あー異世界に飛ばされてぇな!
女神からチート級のスキルを与えられたり、今持っているなけなしのスキルを重宝がられたい!俺TUEEEEしたり、制服デートがしてみたい!
──そんな人生リセット逆転願望をお持ちの同年代にとっては、この映画は少しほろ苦い気持ちになるかもしれない。
しかし丁寧に鑑賞すると、そんなほろ苦さも丸ごと肯定してくれるような、実に希望に溢れた作品でもある。
この映画は、売れない脚本家が行き詰まった結果、【退行催眠】によって30年前の自分に会いに行き、人生をやり直そうとする話である。良い設定だ。ワクワクする。「早くいろんなことをやり直したい!!」という気持ちになる。
演出もいい。この映画のユニークな点は、演劇の舞台の上で大半の物語が進行していくところだ。舞台からの声の反響、足音の響きなどが臨場感あってワクワクする。
舞台の上手・下手の概念に、演者側の視界や客席からの視界も加わるのが楽しい。
寓話的なカッチョイー映画の雰囲気もある上に、大半のロケがカットできそう、という仕事のうまさに唸る。(とはいえ素人考えなので実際はロケより大変なのかもしれないが) こだわりの映画をみたなあ!という清々しい気持ちにさせてくれる映像作りだ。
俳優もいい。おじさんの方の脚本家(主人公)は渡辺いっけい氏。芝居がうまくてみていて気持ちがいい。他出演陣と比べるわけではないが、やはり表情や声の出し方が頭一個抜けている。ダメダメ感も好感が持てる。
若い方の脚本家は松田凌氏。この映画に舞台と映像の多くの経験をつんでいる彼を当てるのは正解だ。あらゆるシーンで見せ方がうまい。クライマックスシーンで、渡辺いっけい氏の演技とオーバーラップし、そして溶けていく「引き算」の演技が良かった。難点としては、設定としてはダメ男なはずだが、顔がいいのでまあいいか、と思わせてしまわないか?という羨ましさである。
主人公の胸に後悔の楔を打つ後輩役には、樋口幸平氏。ドンブラザーズが嫌いなやついるぅ!?いねぇよなあ!と贔屓目に見ていたが、儚い好青年の役が抜群にあっており、クライマックスシーンで泣かされてしまった。調べるとホリプロの若手。今後にも期待したい。
展開である。ネタバレをご容赦願いたい。
独身だった男が、愛を獲得し、子供にも恵まれる。デレデレとする主人公(若)にこちらもにっこりである。いいぞ。
そして、自分との「約束(夢)」を叶えようとしてくれた後輩の死に目に、今度はきちんと会える。男泣きしながら同志に感謝を述べる人生、いいじゃないか…!!
だが、退行催眠の世界線があやしくなる。
脚本は世の中から認められることはないし、妻子にも愛想を尽かされる。なぜならば、自分の弱さから逃げ続け、閉じこもっているからだ。
これは私の解釈だが、苦悩の種は最初から、成就できなかった「夢」や「愛」の呪いではない。「自分が何者でもなかった」と認められない弱さなのだ。自分が自分の人生を肯定しない限り、呪いは続く。辛い。
この映画のほろ苦さ、そして希望の話にもどる。
主人公が退行催眠に入る前と入った後。もちろん歴史は変わっていない。ほろ苦い。だが、どこか憑き物が落ちたような主人公(おじ)の顔が印象的だ。
たったひとつだけ、退行催眠でも行い、現実世界でも行ったこと。
「これが俺の人生だ」という苦しい肯定。
その物語を書き、そして上演する席で映画が終わるのだ。
私はこのシーンが希望だと思った。弱さや未熟さを抱えても、それが自分の一部であることを受け入れ、「それでいいんだ」と思える瞬間にこそ、私たちは救われるのかもしれない、と思ったのだ。
この映画は、昔に夢や愛などに強い目的意識をもってとりくみ、そして成就できなかった人たちには、大きな共感をもって迎えられるかもしれない。
しかし、なんとなーく生きてしまった私のような人間においても、「これが私の人生だよな、でもま、いーよな」という心の弾力性を与えてくれた。
華々しい成功や劇的な変化はあじわえない。
だが、この映画はこの現実を「悪くない」と思わせてくれる力がある。
いったんどこかで落ち着きたい壮年におすすめてある。