「アニメ映画として類を見ない長さに流石に身構えたが」劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来 木神さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0アニメ映画として類を見ない長さに流石に身構えたが

2025年8月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

興奮

驚く

もともと制作会社ufotableは第一期アニメから超絶作画による原作の完全再現スタイルを貫いており、この徹底した再現に筆者も一期アニメ初見時は冗長に感じたが、ここで慣れたか最後までダレずに堪能。これまで続けたスタンスを変わるはずもなく、その一点を過ぎれば“狂気レベル”と言ってしまえる映像表現の頂を見る事だろう。

ストーリー構成は、鳴柱の兄弟弟子である我妻善逸と獪岳の対決、蟲柱・胡蝶しのぶと上弦弐・童磨の戦い、水柱・富岡義勇と竈門炭治郎コンビによる上弦参・猗窩座との対決を主軸に展開する。ここに無限城に溢れる鬼と鬼殺隊、そして柱たちの戦闘模様や動向が随所に描かれる。

とかく目を見張るのは無限城の描写、CGを駆使してるとはいえ空間の広大表現は摩天楼や大都市を思わせる迫力があり圧巻。そんな無限城の空間を把握しようと産屋敷輝利サイドが鎹鴉を通じて見取り図を作るのだが、動き続けるわ広すぎるわでその無謀さに涙を禁じ得ない。

3DCG背景とキャラクターの2D作画の融合はさすがufotable。ときにキャラが3DCGで表現されて違和感がなく、Fateシリーズから培ってきた技術が遺憾なく発揮されている。とりわけ悲鳴嶼行冥と時透無一郎が落下死寸前で壁を破壊して内部に飛び込むシーン描写はまさにその極地、ただ壁壊して中に入るだけなのに何とカッコイイこと。

筆者は原作読破済みゆえ胡蝶しのぶと童磨の結末は事前に知ってたが、死力を尽くしてなお倒しきれなかった時の彼女の独白には“やる必要がなければやりたくなかった、生きて帰りたかった”という思いが滲み出ており、その無念の深さが痛いほど伝わる。第二部で描写されるであろう「とっととくたばれクソ野郎」がどの様な抑揚で言うのか・・・何にせよ貼り付けた笑顔の下は筆舌に尽くしがたい程荒れていただろう。

善逸と獪岳の対決では、善逸が独自に編み出した「雷の呼吸・漆ノ型 火雷神」の描写が圧巻だった。劇中で獪岳を端的に評した“幸せを入れる箱に穴が開いている”という言葉は、かつての善逸にも当てはまるだろうが、師匠であるじいちゃんの存在によって彼は穴を埋めた事で、兄弟子と弟弟子で心の強さの差が際立つ。この対比が末路の因果応報ぶりをより際立たせ、変われた所で変われなかった生涯を徹底的に否定しきっている。さすがワニ先生、さすが冷血動物ですわ。

面白い解釈が生まれたのは元々は地味な印象だった上弦肆こと鳴女、彼女は鬼殺隊にとって無限城を自在に操って撹乱する厄介な存在なのだが、明かされた過去とアニメの演出というメタ的な視点では戦闘を盛り上げるアーティストめいた存在になった点。富岡義勇と猗窩座のタイマン時には舞台をせり上げ、周囲の建物からわざわざ滝を流し、おまけに青いスポットライトを焚くというライブパフォーマンスさながらの演出を加える。人を殺すと琵琶弾きが冴えるからって人間時代から連続殺人をしてた彼女には盛り上げる所で盛り上げないのは主義に反したか、誰が言ったかロックンローラー。

本作メイン所である上弦参・猗窩座の過去話は三部作で鬼サイド最後の感動話。原作で知っていたため泣かなかったが初見なら間違いなく涙を流していただろう。嫁が意地らしいわ可愛いわ---なのにあの最後・・・復讐に赴いた道場での惨劇ぶりにはアニオリの加筆ながら、全て失った男の自暴自棄振りにエグさと悲しさが混ざりあい、ただただ救われない。
だからこそ無惨の呪縛から解放され、嫁に縋り付いて大泣きする所で涙腺が刺激される。

以上、いよいよ始まった無限城編の第一部は見事なスタートを切った作品と言える。
次回は童磨と黒死牟との死闘が主軸となるだろうが、その際には御屋形様サイドの警護に当たった煉獄槇寿郎と宇髄天元が活躍するオリジナル展開が盛り込まれる可能性がある。予想では獪岳とおなじく即席で用意された上弦の穴埋め的な鬼が出てくると考えるが果たして。一年毎に公開して欲しいが、2026年は本作の切り分けてTV放送で終わりそう---
気長に待つのが吉か。

木神
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