「容赦のない物語」ぼくの家族と祖国の戦争 うぐいすさんの映画レビュー(感想・評価)
容赦のない物語
対ソ戦末期のドイツからやって来た難民を受け入れたことから始まったデンマークのある街の混乱を、難民収容施設となった市民大学を中心に描く作品。
デンマークはドイツ侵攻時に抗戦しなかったことから、ナチスの支配が始まっても他の北欧・東欧諸国に比べて行政面では自治が維持され民意は降伏感情よりも反独感情が強く、レジスタンス達の抵抗運動も根強かった。このことが劇中の状況を作り出し、戦後の国際社会におけるデンマークの立ち位置にも繋がっている。
とは言えドイツ軍の公的な指示には逆らえず、市民大学は難民のために体育館を提供する。大学の寮に住む学生や大学職員達が、徹底して難民から視線を逸らしてやり過ごそうとする緊張感が肌に痛かった。
やがて、大学の敷地に住む学長ヤコブとその家族は目と鼻の先で飢えと病気に苦しむ難民達を放っておけなくなるが、市民達はその姿勢を激しく糾弾する。反独感情からくる「ドイツ人を手助けすることは祖国や同胞への裏切り」という多数派の意思が、終始ヤコブ一家のヒューマニズムと対立する。
結局、ヤコブも息子セアンも妻リスも自身の善性と民意とが対立した末、それぞれの結論に辿り着くのだが、ラストの一家の表情、特にヤコブとセアンの二人とリスの顔つきのコントラストに、この物語で繰り返された個人の善性と良き市民としての有り方の対立が詰まっているような気がした。
リスの「家族を守れずに何が人助けだ」という意見も尤もだし、市民達の反独感情は行き過ぎた同調圧力にも見えるかも知れないが、その姿勢を貫いたからこそデンマークが戦後早期に地位を確立できた面もあるので、彼らのナショナリズムを簡単に否定する気にはなれなかった。
セアンの行動も、教えられたものではない自分の正しさを見つけ行動したことは見事だが、散々大人達が責め合う姿を見、自身も暴力を体験して、それでもなお多くの人を巻き込むことに躊躇しないのが怖かった。トロッコ問題ではないが、何人巻き込んで何人助けたか、その人物を選んだことはエゴではないのか、と手放しに賞賛できないものが残った。
なお、医師が理不尽に死亡したり、デンマーク人の医師が難民の治療を拒否するエピソードが繰り返されるのは、史実に抵抗運動への報復としてデンマークの医師が運動への関与の有無に関わらずドイツ側から粛清された事件が多数あったことと、ドイツ難民受け入れに際してデンマークの医師会が公式にドイツ人の治療や医薬品の提供を拒否したことがあるからのようだ。医師が国籍を根拠に医療者の本分を放棄するほどに、あるいは劇中の糾弾がぬるく思えるほどに、憎悪に等しい国民感情があったことがうかがえる。
戦中から戦後にかけてデンマーク国内の広域で実際に起きた反独感情から来る騒動、特に現代人から見れば眉を顰めるようなエピソードを、あえて戦争末期の一つの街に集約し、ナチスの強権と市民感情の間で板挟みになる状況からスタートさせたのが本作だということらしい。
反ナチス作品でよくある「ヒューマニズムが多くの人を救う」系の題材でなかった点は新しく、一市民レベルの人間が救えるのは自分の手のひらに掴めるものだけ、という点もリアルだったが、登場人物達の背景やその後を考えれば考える程苦い後味が込み上げて来る物語でもあった。憎悪が人間の善性を歪めるような事態が起こらない現在と未来であるよう願ってやまない。