劇場公開日 2024年11月8日

「予告編のせいで誤読されている作品」本心 noizumeさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0予告編のせいで誤読されている作品

2024年11月14日
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生前の母の心をAIでとか、近未来社会のリアルアバターとか、いろいろ目新しいのでそこばかりに目が行く観客も多いようだが、それらはすべてテーマではなく、あくまでも設定。だからそれらの問題は必要以上に掘り下げられていない。
別にテーマが散漫になっているわけではない。

原作未読なので、映画についてのみ書かせていただく。

主人公は過去に罪を犯し、そんな自分自身に負い目を感じながら生きている男。それでも母一人子一人、ほそぼそと平凡な日常を送っているはずだった。
が、突然の母の死。助けようとした自分は1年後に目覚め、母は自死を考えていたと知る。自分は母とさえ上手くやれていなかったのか。母との日々も自分だけが抱いていた幻影だったのか。
自己肯定できない主人公は、その後も体臭が臭いと貶められ、何でも言うことを聞く虫けらのような存在として扱われる。
さらに、自分が人工授精児で、両親の愛に包まれて生まれた人間ではないことまで知らされる。

一方、それでも善い人でありたいと願う主人公は、母の知り合いの被災で家を無くした女性に一緒に住まないかと持ちかける。
彼女は人と触れ合うのが苦手で、そこに昔好きだった少女の幻影もかさなり、彼女の実体はボヤけている。
主人公は家庭内では彼女と「貧しいながらも穏やかな日々」を過ごしながら、でも彼女をリアルな存在として実感するすべはない。そもそも、自分にそんな彼女と対等でいる資格があるとも思えない。

そんな時、主人公が英雄視されるような出来事が起こる。ただ、それは編集されて作られた英雄であり、主人公には自分がその賞賛に値する人間という実感はない。
そのきっかけで出会ったパトロンは、車椅子の、肉体的には自分より明らかに弱者でありながら、才能があり、金もあり、社会的地位もある。主人公はここでも自分の無能さを実感せざるを得ない。
パトロンの彼は主人公に、彼女と付き合いたい、と打ち明ける。自己肯定感が最底辺にあり、さらに善い人であることを自分に課している主人公は…。

そんな話が、時系列的にはもう少し入り組んで展開するのがこの映画。
こうして整理すれば、本作がいかに無駄なくピースを散りばめた話になっているかがわかるだろう。

だから、AIの母が最後に語る言葉は、生前の母の本心かどうかなどと関係なく、そもそも主人公だってAI の言葉が本人の言葉だなどとは思ってもいないのに、しかもいわば定型文レベルの大した意外性もない言葉なのに、それでも感動的だ。
なぜならそれは、主人公が人から最も言って欲しかった言葉だからだ。
「あなたは心から望まれて、この世に生を受けたのよ。生まれて来てくれてありがとう。」
さらにこれまでバーチャルとリアルの狭間にいた彼女のリアルへの移動を予感させて、この映画は終わる。
とても優しい、救いのあるエンディング。

そんなわけで、この映画は「自己肯定できず苦しみ続けていた男の再生の物語」。
彼女と黒猫の関係も素敵だ。

noizume
noizumeさんのコメント
2024年11月15日

映画監督は、原作を上手に映像化することに力を注ぐ職人的監督と、原作のあるなしに関わらず自分が表現したいテーマを追求し続ける作家的監督にざっくり二分されます。
どちらが良い悪いではないのですが、石井裕也監督は明らかに 後者の人です。

私も 全作品を見ているわけではないのですが、例えば「川の底からこんにちは」、「夜空はいつでも最高密度の青色だ」、「生きちゃった」、「茜色に焼かれる」、それに昨年の問題作「月」等の作品群は、濃淡はあるにしろ、いずれも「社会に上手に適用できずに自分を殺して生きている主人公の抑圧と解放」をテーマに描いています。本作も明らかにその流れの中の1本です。

多分本作は、原作と比較してどうこうというよりは、石井監督の作品の流れの中でどう位置づけられるか、という見方をされた方が作品としては幸せなのかもしれませんね。
とは言っても石井裕也監督の作品を時系列に並べて見るような観客もそうはいないと思うので、なかなか難しい話なのですが。
(あ、私、石井裕也が贔屓な監督というわけではありません。)

noizume
セイコウウドクさんのコメント
2024年11月15日

 この原作は割と長いので、2時間に収めるのは難しく、さらに原作者の描きたいことと、映画監督の表現したいことにズレがあるようです。ラストを変えることはよくありますが、この映画は基本設定やエピソードは近いものの、始めの部分と中心となるテーマが原作と違うのです。
 原作と読み比べるのはいいけど、難読漢字が多いので、私は2週間ほど時間がかかりました。かなり根気を必要とします。

セイコウウドク
noizumeさんのコメント
2024年11月14日

コメントありがとうございます。
私はこの映画を特別に気に入っているわけではありません。ただ否定的な意見の中には誤読している人も見受けられたので、そこまでとっ散らかった映画ではないのでは?、という思いで星4つ付けました。そもそも評価が甘い人です。
また、私は映画が必ずしも原作をなぞる必要はないと思っています。例えば黒澤明の「天国と地獄」は原作は「キングの身代金」ですが、ワンアイデア借りてきただけの全くの別物です。原作と映画の関係なんてそんな程度でいいと思います。(忠実な映像化が悪いとも思わないけど。)
ただ、いただいたコメントから察するに、本作は原作を気に入っている人が観ると不快と感じるような仕上がり(アレンジ?)なのかもしれませんね。それはとても残念なことです。
原作、読んで見ようかな…。

noizume
セイコウウドクさんのコメント
2024年11月14日

原作を読んだら、この映画の評価が変わりますよ。この映画が気に入っているなら、読むことは勧めません。私は原作の方が好きです。

セイコウウドク