「目は口ほどに物を言う」本心 ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
目は口ほどに物を言う
工場で働く『石川朔也(池松壮亮)』は
豪雨の帰り道、増水した川の畔に立つ母『秋子(田中裕子)』の姿を見つける。
次の瞬間に彼女の姿は消えており、
『朔也』は母を助けようと濁流に身を躍らせる。
彼が正気付いたのは、
それから一年近く経った病院のベッドの上。
母は亡くなっており、しかし
彼女が生前に電話で告げた
「帰ったら大切な話をしたい」との言葉が脳裏から離れない。
故人の膨大なライフログをAIに学習させ、
仮想空間上に再現させる「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」の技術は実用化されている。
母が伝えたかったことを知るために、
『朔也』はその技術を頼るが、
更なるデータをインプットし、より本物に近づけるため、
母の親友だったという『三好(三吉彩花)』にコンタクトする。
そこから、『朔也』と『三好』と『VF秋子』の
奇妙な三人の生活が始まる。
物語りの舞台はそう遠くない未来の日本。
「安楽死」や「尊厳死」よりも一歩進んだ「自由死」が合法化され、
まだ元気な人間でも「自死」を選択でき、
その死に対しては国から金銭的な補填すらある。
AIやロボットによる人間の仕事の代替は更に進んでいる。
それにより多くの失業者が巷に溢れ、
職を求めている。
その一部は、良い収入との言葉に惑わされ、
内容を吟味しないまま非合法な仕事に手を染める。
「リアル・アバター」との仕事が始まっている。
ゴーグルを装着し360°カメラを持ち、
依頼主の代わりに目的を遂行し、
一部始終はHMDを通して配信されるが
報酬は微々たるもの。
代行業務で感謝されることがある一方、
中には些細な理由で低い評価を付ける者、或いは、
雇用・被雇用の関係を嵩に懸け、理不尽な要求をする者も。
社会は富裕層と貧困層に、完全に分断されている。
2019年~20年に新聞連載された『平野啓一郎』が原作。
今のこの国での問題が
既にして多く盛り込まれていることに驚く。
もっとも、「ぬいぐるみの旅行代理店」などは2010年代前半からあり、
「リアル・アバター」は、
これと「ウーバーイーツ」の掛け合わせ且つ発展形かもしれぬが。
『朔也』は過去に犯した罪を引きずる。
『三好』も、昔の仕事がトラウマとなり、
他人との接触を極端に恐れる。
『秋子』は息子には伝えていない秘密を抱えている。
いくら科学が進歩し、連絡を密に取れるようになっても、
互いの心を理解することは難しい現実。
しかし面と向き合うことで見えて来るものもある。
それが如実に示されるのは
掲げた手の先には太陽が、
そして光明が見える印象的な最後のシークエンス。
主役の三人の演技は皆々秀逸。
『田中裕子』は掴み処のないとぼけた感じが、
『三吉彩花』は引きずっている翳が払拭されていく変容が。
が、とりわけ『池松壮亮』が出色で、
口から出た言葉が真実ではないことを、
眼差しで分からせてしまう、
ラストシーンに向けての
裏腹な一コマの表現の素晴らしさ。
最後の文章、とても共感します。
引きずる過去が朔也を支配しているのが池松さんの繊細な表現で見応えありました。
母は長年、秘密を明らかにできなかったことが重荷だったでしょうね。時代的にも厳しかった。選んだ覚悟はそのことと息子の過去に影響されていたのでしょう。残る息子への配慮が、できるかぎりの母からの愛だったのがわかる田中さんもさすがでしたね。