劇場公開日 2024年11月8日

「本心を知るということ」本心 ミカエルさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0本心を知るということ

2024年11月10日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

平野啓一郎作品の映画化3本目に当たる。「マチネの終わりに」では、切ない大人の恋愛と人生の再生、「ある男」では、アイデンティティの探求と過去の秘密が描かれていたが、本作は、AI技術と人間の心がテーマになっている。これらの物語の根底には、「私」の根拠について思考する分人主義という彼独自の思想が流れている。分人主義とは、その時々の相手やコミュニティに合わせて変化するそれぞれの自分を分人と呼び、すべての分人が本当の自分であるという考えだ。
石井裕也監督作品というと、最近では、実際に起きた障害者殺傷事件をモチーフにした小説を映画化した「月」が有名だが、本作は、現代社会における弱者の生きづらさとそれに立ち向かう母子の絆を描いた「茜色に焼かれる」や喪失と再生と異文化交流をテーマにした「アジアの天使」の系譜に連なる。大上段に構えた社会問題告発作品ではなく、個人や家族という小さい単位から意識される社会を描き、深刻になることを恐れず、ユーモアと温かみは忘れないという作風が継承されている。
本作の舞台は、AI技術が進化した近未来、死の時期が自由に選択できる「自由死」が合法化されている。その「自由死」を望みながら、実際は事故で命を落とした母親を、青年は、生前のデータをAIに取り込み、仮想空間にその人間を作る技術であるヴァーチャル・フィギュア(VF)として再生し、その本心を探ろうとする。
この映画のタイトルである″本心″とは、本来は母親に向けられたはずのものであるが、AI技術を通じて再現された母親との関係を通じて、青年が自分自身の本当の感情やアイデンティティに向き合うことも意味している。
そもそも人間というのは本心を隠し持っているものである。だからこそ、覗いてみたいという欲求に駆られるのだが、知らないでそのままでいるということでも問題ない。知らなくてもよかったことを知ってしまったということだってよくある。この映画を観て、そんなことを思った。

ミカエル