ナイトサイレン 呪縛 : 映画評論・批評
2024年7月23日更新
2024年8月2日よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、シネマート新宿ほかにてロードショー
現代の魔女伝説を題材にした中欧スロバキア発のフォークホラー
「ヨーロッパには今もなお民間伝承や中世の迷信を信じて暮らす、人里離れた村がある」。冒頭にこのようなテロップが提示される本作は、1988年生まれのテレザ・ヌボトバ監督が撮り上げたスロバキアとチェコの合作映画だ。「ウィッチ」「ミッドサマー」の登場によって再注目されてきた“フォークホラー”の流れをくむ恐怖劇である。
映画はシャロータという看護師の女性が遺産相続のため、20年ぶりに故郷の村に帰ってくるところから始まる。幼少期に母親の虐待を逃れてこの村を飛び出した彼女は、その際に妹のタマラを誤って崖から突き落としてしまったトラウマに苛まれている。やがてシャロータはかつて魔女が住んでいたとされる山小屋に身を寄せ、薬草売りの若い女性ミラと心を通わせるが、彼女たちを異端視する地元の人々との間にいさかいが生じていく。
シャロータの視点で描かれる田舎の村には不穏な閉塞感が漂っている。男性優位社会であるこの村では、女性は決まりきった役目を従順にこなすことが求められ、ひとたび自己主張したり奔放に振る舞えば、問題児や売女と見なされる。それだけならまだマシだ。村人たちは前時代的な魔女伝説を信じており、地域の価値観を揺るがすシャロータやミラは魔女狩りの迫害を誘発しかねない。フォークホラーとは非科学的な因習や信仰などの民間伝承を題材にしたホラー映画のサブジャンルだが、まぎれもない現代劇である本作は、世代を超えて脈々と受け継がれる女性への蔑視と抑圧を描いている。
またフォークホラーでは“土地”が重要な要素となるが、都会から遠く離れたスロバキアの山村を舞台にした本作では、森林地帯の風景をダイナミックに、時に神秘的に捉えたショットの数々に目を奪われる。シャロータの行く手にはオオカミや白いヘビがたびたび出現し、グリム童話のような幻想性を醸し出す。さらに村の伝統行事である夏至祭を映像化したパートでは、「ウィッチ」やフォークホラーの元祖たる「ウィッカーマン」を想起させるサイケデリックな裸踊りが繰り広げられる。
かくしてヌボトバ監督は、現実と妄想の境目が失われていくパラノイア的描写を積極的に織り交ぜ、原始的な迷信と現代におけるジェンダーの問題をスリリングに結合させた。そして呪われた主人公シャロータがたどる理不尽な運命を通して、私たち観客に“魔女”を生み出す本当の根源は何なのかと問いかけてくるのだ。
(高橋諭治)