「『帰ってくれたらうれしいわ』ではないんです。」2度目のはなればなれ TRINITY:The Righthanded DeVilさんの映画レビュー(感想・評価)
『帰ってくれたらうれしいわ』ではないんです。
1944年のノルマンディー上陸作戦をモチーフに戦争の意義を問い掛けるヒューマンドラマ。
2014年のイギリス。妻のレネとともに老人ホームで静かに余生を送る退役軍人(元帰還兵)の主人公バーニー。
一旦は参加を断念したノルマンディー上陸作戦70周年の式典を目前に、ある思いを胸にひとり渡仏を敢行する。
かつて何度も映画の題材となった同作戦。その多くが作戦の成功や兵士の勇敢さを主題に描かれるのとは対称的に、本作は敵味方関わりなく多くの人命が損なわれたことや、残された者の心的外傷(トラウマ)にスポットを当てる。
バーニーが渡仏先や途上で出会う負傷した元アフガン帰還兵や第二次大戦の元爆撃兵(ともにトラウマを患い、アルコール依存症に陥っている)に加え、敵だった元ドイツ兵も彼同様、戦争で負った心の傷を抱える人たち。
本作でバーニーのフラッシュバックとして描かれる上陸作戦の光景は『プライベート・ライアン』(1998)ほど勇ましくもなければ苛烈でもない。ただひとり、約束を果たせなかった戦友ベネットの最期だけが脳裏に焼き付き、戦後もバーニーを苛み続ける。
式典への団体参加を見送りながら渡仏の際に彼が携えたのは、ベネットから託された恋人への伝言を封入した煙草ケース。結局、彼の目的は式典への参加ではなかったのだろう。
敗戦国の日本とは異なり、お祝いムードに沸き返る戦勝国の記念イベント。しかし、戦争トラウマで苦しむ元兵士のことまで配慮はしていない。
施設に残した妻のレネは、当時のオバマ米大統領やエリザベス女王を招待した盛大なセレモニーをTV中継で見ながら「ばか騒ぎ」と吐き捨てる。
戦勝国の英仏両国を舞台にイギリス資本で製作された本作。
バーニーがバイユー墓地に葬られたベネットの墓前で「無駄死にだ」と呟く以外、直接的に戦争批判を訴える場面は特段ない一方で、作品には和解や融和が重要なテーマとして垣間見える。
式場付近の食堂で元ドイツ兵と交流する場面もそうだが、主人公夫婦が暮らす施設の職員の多くが移民であることにも注目。
移民問題は欧米諸国では国論を二分するほど重大な課題になっているが、本作では深刻な対立は登場しない(黒人のアフガン帰還兵も含め、そもそも異端として扱われていない)。ヘイト主義や差別を看過したままでは戦争はなくならないことを逆説的に示唆しているのだと自分は思う。
ここ数年、ウクライナや中東で続く戦争も、根底にはヘイトや差別が介在するが、第二次大戦を引き起こしたナチス政権もその点は同じ。入手した式典の参加証をバーニーが元ドイツ兵に譲り手を携える場面は過去の清算だけでなく、未来の融和への可能性を託しているのかも知れない。
重くなりがちなテーマを扱いながら、少なからずコメディの要素も併せ持つ本作。
多くの映画ファンが気付いていると思うが、作品の原題 “The Great Escaper” は戦争映画『大脱走』(1963)の原題 “The Great Escape” のもじり。
さりとて、同作のパロディでもなければ、主人公や他の主要人物が元脱走兵という込み入った事情もなく、SNSを通じて話題になったバーニーにメディアが冠した「称号」が映画のタイトルとなっているだけ。
主人公の妻、レネのコメディ・リリーフ的な存在も作品を和らげるのに一役買っている。
楽天家で医師からの余命宣告にも従容として、施設の職員に「Oki doki」なんて軽口で応じるなど、どこかとぼけた感じの彼女。回想シーンでの若い頃も積極的でひらけた印象の、英国淑女にあるまじき(?)女性として描かれている。
邦題は作中の彼女のセリフにも引用されるが、『2度目のはなればなれ』とは、すなわち「2度目の生還」をも意味する。
劇的にできたはずの1度目の生還の場面を敢えて描かなかったのも、レネの軽妙なイメージを損わないためだったのかも。
施設に無断で出掛けたバーニーを失踪と早合点した職員がSNSで情報提供を呼びかけたばっかりに、彼の「2度目の生還」は一躍メディアの注目の的に。
事情を知らずに帰国したバーニーを待ち受けるカメラの砲列から施設に到着するまでのコミカルな場面のBGMに使用されるのは、ジャズの名曲 “You'd be so nice to come home to” 。
誤った和訳のタイトルが市民権を得てしまったが(「世紀の大誤訳」なんて言われている)、文法的に正確な日本語訳にするなら、本来の意味は「(私が)あなたのもとに戻れたら、なんて素敵なことだろう」。つまり、バーニーの心境を代弁するための挿入歌。
ヘレン・メリルの熱唱が超有名だが、しんみりし過ぎるからか、ここでは他の歌手によるアップテンポの歌唱が使われている。
未来への希望を灯すかのような白夜のラストシーンは美しいが、主人公夫妻の死去を伝えるメッセージは、個人的には不要だった気がする。
作品のモデルとなった実話があるそうだし、感想は人それぞれだと思うが、夫妻の人生の余白部分を鑑賞者が想像する余韻を残した方がよかったのでは?!
バーニーを演じた名優マイケル・ケインは今年で91歳。本作は彼の俳優引退作であるとともに、昨年87歳で他界したレネ役のグレンダ・ジャクソンの遺作でもある。
日本でも第二次大戦に関わった人たちのほとんどは百歳前後。語り部は今後ますます少なくなる。
ノルマンディー上陸作戦では数千もの味方の犠牲を強いたにも拘わらず、その数は連合国側の想定を大きく下回るものとして評されている。当然、個人の精神的苦痛など考慮されていない。
語り伝えるべき経験者と接する機会が失われつつある今、人間を簡単に手段化、数値化する戦争の本質を見抜くための意識を残された者が養うべきだろう。
初めまして。私はあの曲はヘレン・メリルの歌唱が大好きなんですが、曲名の邦訳問題も知っていたのはこの映画を観るにあたり幸運だったと思います。映画のタイトル(邦題が残念)も劇中の呼び名のくだりがあの映画由来という体でしょうから、お若い方には向かない作品かもしれませんね。