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人間という生き物の終わりを静かにみつめる
自宅での最期を望んだ末期ガンのお父さんを看取るお母さんを息子である村上監督が記録したドキュメンタリーです。と言うと重苦しい映画を想像しがちですが、この映画の素晴らしいところは、登場人物の誰も、そしてそれを観ている我々も全く涙を流さないところです。ご自身のお父さんの死を記録するという感情に溺れることなく、死に向かって変化していくお父さんをクールに記録します。そこには、監督がこれまで撮ってこられた蟹やシジミ・猫に向けられたのと同じ様な、対象と少し距離を取った好奇心が窺えます。だからこそ我々も感動を強制される事なく落ち着いてお母さんの日常を見つめる事ができるのでした。
また、老いた妻が長年連れ添った夫の最後を看取るというと「美しい夫婦愛」の物語になりそうですが、そうはしないのもまた本作の特徴です。お母さんは、これまでのお父さんへの恨み辛みをボソボソ語り、献身的と見える看病も最後の仕事を務めているだけとも映ります。それもまた、他人が伺い知れない老夫婦の現実なのでしょう。
でもね、最後の最後。臨終間近のお父さんの枕元で次々と童謡を歌って聞かせるお母さんの姿には愛情が満ち溢れているのです。また、意識の混濁したお父さんが夢の中で小学校教師時代の授業を突然始めたうわ言に、あたかも生徒の様にお母さんが答える会話のお話は、これまで聞いた事もない美しい夫婦愛のエピソードでした。
「自分の父親の最期も映像に収めるなんて映画監督は業の深い仕事だな」という思いが鑑賞前には少しあったのですが、上映後のトークで監督が「父の死を撮りながらも楽しかった。高揚感・充実感があった」とお話になったのを聞いてそんな疑問がスッと消えました。人間という生き物の終わりを捉えた見事な作品だと思います。
「現実を見つめる」とは…
元々ドキュメンタリーが好きで、色々なジャンルのものを見ていた。親の介護や死といった題材の作品もみてきたが、今回は子自身の眼(レンズ)を通して、「介護」という現実を見つめている作品である。
介護を題材にしたドキュメンタリーも過去見てきたが、今作は介護をする母、そして息子(村上監督)の眼を通して、「現実を見つめる」ことが如何に大切か、そして人生の最後を看取り、訪れる「死」をどう受け止めるのか…
そんな問いかけをされているかのように感じた。
自分にも高齢の両親がいて、これから正に「介護」という現実が、近い将来訪れることは理解しているつもりだ。
しかし、今作のように「介護」という現実を見つめ、人生の最後を看取ることができるだろうか?
この作品を見てから、そんな自問自答を繰り返している。正直、答えはすぐに出てこないが、そんな問いかけがあることすら、わからなかった(わかろうとしなかった)自分にとって、この作品に出会えたことに感謝せざるを得ない。
舞台挨拶では、村上監督の「私の看取りを通して、あなたならどう看取るか、そしてどう看取られるか、それを考えるきっかけにして欲しい。」という言葉が印象的だった。
今、このタイミングで今作に出会えたこと。これは正に運命そのものだと実感している。
この世に命を与えてくれた「親」という存在を今一度、見つめ直すきっかけを見出してくれた唯一無二の作品であった。
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