劇場公開日 2024年12月27日

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「のん の大冒険。 「主人公は私よ」って。 この自分ファーストは、やっば若い人には必要なんだろうな。」私にふさわしいホテル きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0のん の大冒険。 「主人公は私よ」って。 この自分ファーストは、やっば若い人には必要なんだろうな。

2025年3月14日
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鑑賞方法:VOD

「私にふさわしいホテル」
これ、なんと厚かましくて、傍若無人なタイトルだろうかね(笑)
それも「駆け出しの、実力不足の私ですからビジホで十分なんです」と言わずに「山の上ホテル」を自分におごるという彼女なのですから。
文壇と出版業界に私こそが下剋上をもたらしてやろうじゃないかって話なのだそうだ。

我が社でも、
のんと同世代の三十代の部下たちの、あの不躾さと甘ったれぶりには、僕はほとほと苦しんでいるんですがね。
「きりんさんにキツめに注意されたので辞めます」
「きりんさんみたいな怖い人とは仕事出来ません」
「なんで挨拶なんかしなくちゃならないんですか?」
これ、新人たちから何回言われ、会社にチクられたことか。

彼らは「ありがとう」が言えない。「ごめんなさい」も絶対に言わない。
すなわち、自分を《直林賞待遇》とか《山の上ホテル待遇》しない大人たちに対して、最近の若い人たちって、マジ突然牙をむくのですよ。
だから
彼らを拗らせないように、腫れ物に触るように先輩・上司たちは気を使うんです。
まあ、この映画は他人の物語だから、耐えられたし、笑えましたけども。

ストーリー的には、
批評家東十条の“下げコメント”のせいで、デビューの出鼻をくじかれてしまった新人類の作家=加代子が、自分可愛さゆえに憤慨し、大御所の選評作家にあの手この手と執拗に妨害を加え、報復遂行するという業界コメディだ。
で、仇討ちが忙しいから、本務の執筆は ほったらかしかよー!という展開。
とにかく小ネタの連発と、アップ顔なら任せとけの のんの顔芸で、終始可笑しくて一気に見せてはくれましたが。

( しかし、作家たちの日常を想うのだが、怒りや悔しさからモチベーションの力を得て、新作のための新しい文章って果たして生まれてくるものなのだろうか?
たっぷりの時間と、余裕。そして穏やかな気分からのみ、みずみずしい言霊は現れて来てはくれないものだと思っていた )。

彼らは
書けなくても書く。
籠もってでも書いてひねり出す。
嫌でもペンを持ち自己鍛錬を続ける。
そして編集者の叱咤と、自分を追い込む強迫観念。この闘魂が次作を生み出す原動力になるって、
・・この文壇の人々の実情。これって最早 筋肉アスリートたちの世界ではないだろうか。

「締め切りの苦しみ」や「ネタ集め」。そして語呂サイコーの「文豪コール」には吹き出してしまったが、きっと共感してくれた世の作家さんたちは沢山おられたのではないかな。

・ ・

最近非常によくある凶悪犯罪=自己承認欲求形の若者たちが
・すぐに傷ついちゃって、
・相手に対しては逆恨みをし、
「2作目を書かずに」
・たちどころに刃物やらガソリンやらを持ち出して、“敵”を刺し、放火し、自分を持ち上げずにコケにしてくれた相手を亡きものにしてしまう、
あの幼稚な、短絡的な犯行。
― のんの場合そういう展開にはならなくて良かったのだが、
しかし本作だって、コンセプトとしてはギリギリのすれすれなんだから
ギャグ映画としては僕はホントは思いっきり笑いたかったけれど
ふと類似する上記のような凄惨なストーリーを僕は想起してしまって、薄ら寒く、苦いものが少し残ってしまったんです。
これ、
「京アニの (自称作家による腹いせ放火事件) 」とか、現実社会では「勝手な思い込みの報復殺人事件」が多発しているこの世の中だからです。

あと「ここはアウシュビッツか!」は不用意だし、要らない台詞。

「言われなくても書きますから💢」と再びペンを取り、原稿用紙に向かい直す のんは、まぁ健康なほうだ。
健康で良かった。
結論としては、
どんなに貶されて凹んでも、最後には原稿用紙に向かった 甘ちゃんの のん嬢を僕は許してやろうかと思うし、褒めてもやろう。

・ ・

のんの普段着の野暮ったいファッションと、受賞スピーチの時の出で立ちとの落差には目を見張ったし、
銀座のママ=田中みな実の着物も、そして東十条の妻千恵子 (若村麻由美)の芝翫茶の色無地、そしてラストの鮮やかな緑 (千歳緑?) の着物。あれは美しくて唸った。
東十条の執筆の姿勢の一途さも良かった。

つまり、
のんの騒がしい喋べくりを、田中みな実と若村麻由美の穏やかな話言葉がしっとりと中和してくれるのだ。
コケにされ、小娘にいじられ倒されてもそれでも作家としての意地を見せる大人=東十条の姿に打たれるのだ。

よい先輩役者や、優れた衣装さんあってこその のんの出番なのだ。
そして話の舞台が落ち着いた山の上ホテルであるからこそ許されるドタバタ劇の収束だったかも知れない。
それら厚いバック態勢の支え無しには、のんはドラマ俳優としてはまだ小粒で、単独では主役を張れないんじゃないかなーと
ちょっと思った。
今後、別のイメージでの新境地へと脱皮できるか、だ。

でもそれらをすべて含めても、可笑しくってねぇ、
ジェネレーション・ギャップの大騒動をゲラゲラ笑いながら観てしまいましたよ。

きりん