「邦画には珍しいソフィスティケーテッド・コメディの佳作」私にふさわしいホテル クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
邦画には珍しいソフィスティケーテッド・コメディの佳作
お洒落でドライなコメディで、大ベテラン堤幸彦監督がこれまでとは打って変わって思い切った演出で、まるで「グランド・ブダペスト・ホテル」2014年や「アステロイド・シティ」2023年のウェス・アンダーソン監督作のよう。ほとんど主演を務める「のん」の為の「のん」による「のん」の映画ですが、タイトルはズバリ「山の上ホテル」でもよかったのでは。
処女作が世に出た瞬間に、大御所作家の酷評の憂き目にあい、以降鳴かず飛ばずのうっぷんを晴らすべく、とことん復讐に打って出るお話。のんのオーバーアクト気味のデッドヒートを、滝藤賢一扮する大作家が受け止める超シンプルな構成。何故か時代は1984年、共に学園紛争を経験した中での先輩・後輩として、大手出版社の編集者に扮した田中圭が2人の間に入り右往左往するのもまた定石で面白い。
ところがこの復讐劇がまるで日本人離れした、徹底抗戦かつ波状攻撃であるところがミソ。のん扮する中島加代子が、相田大樹、白鳥氷、有森樹李と名前も変えて、衣装も相当に凝りに凝り時代色を反映させながらもオシャレなトーンを貫き、その攻略ぶりがなかなか冴えて、ドタバタに終らせない。基調が本であり、紙とペンの香りが画面から匂う程に濃厚で、文学界への批判とともに情景も湛え、馬鹿馬鹿しくも知的な雰囲気が効いてます。背景も山の上ホテルのクラシックなインテリアをベースに、チリひとつないオフィス、豪華な宴会場から銀座のクラブ、銀座千疋屋のパッケージ(映画のタイトルバックまでこの柄)、カラオケスナック、昭和の豪邸と、生活感まるでないのがいいのです。
今日のニュースにもありましたが、芸能事務所による移籍の拘束については独占禁止法に触れると。まさにその辛酸に押しやられた能年玲奈にとって、本作での怒りの爆発と重なってみえる。とは言え既に時間ばかりが経ち、彼女も30歳超えに。基調は美人ですから安心ですが、本作も含め今のままのキャラを推し進めるのも難しいのでは。友情出演のように登場の橋本愛ともども、「あまちゃん」を引きずり過ぎるのも、如何なものか。
惜しいのは田中圭が本作ではまるでイケメン範疇に見えない点です。普段のはしゃいだような軽さを封印しているせいかもしれませんが、ひょっとしたら先輩・後輩の関係性から男と女の関係へ匂わせる手もあったのに、と思うのです。ハリウッド映画でしたら当然そうしたでしょうけれど。3人の中でひとり演技トーンが異なるのは確かです。
文学の香り漂う山の上ホテルも既に建物老朽化のために現在は閉館しているとのこと。ですが隣接する明治大学によって改修しホテルを再開の予定とか。ホテルってのは日常とは"真逆の別の日常"の場と言え、人の裏側も見える。だから映画でもよく描かれるのはそのためでもありましょう。
グランドブダペストホテルを引用され、素晴らしいと思いました。泊まる人は変われど変わらないホテルと差し入れ、でも現実には閉店中、堤監督には珍しい洒脱さを感じます。