「混沌と崩壊のカタルシス」ボレロ 永遠の旋律 shironさんの映画レビュー(感想・評価)
混沌と崩壊のカタルシス
すぐれた芸術作品は、作家のものである以上に観客のものなのだと感じました。
よく創作の過程を“産みの苦しみ”なんて言いますが、産んだ後も含めて本当にピッタリの表現だと思います。
産みの苦しみを経てこの世に生を受けた作品は、作家の手を離れ観客のもとで成長していく。
まるで子育てと一緒。
自分が生み出したものではあるけれど、自分のものではない。
先天的に生まれ持った個性や素質があり、後天的に環境や出会いによって形成されていく。
自分の意図しなかったものへ成長して
観客のものになっていく。
それでいて、全く作家と別物かと言うとそうでもなく…
生みの親が無自覚に内包していたエロティシズムまで観客によって暴かれ、作家は丸裸にされてしまう。
そう考えると作家って踏んだり蹴ったりだなぁ。
でも…それでも生み出さずにはいられない。
序盤で、実際に聴こえている音楽なのかBGMなのかわからないシーンがあるのですが、これこそ彼の感覚だったのだと思います。
作曲家の頭の中には、次にスコアに書き写すべき音楽が奏でられている。
映画『アマデウス』では、一番の理解者であるサリエリによって書き留められましたが、ラヴェルの場合は…
素晴らしい芸術には人生の全ての要素が含まれている。
クライマックスの、混沌から崩壊へのカタルシス!
『ボレロ』はラヴェルの過去であり、未来だったのだ。
決して曲に引きずられたのではなく、誰もが迎える未来が含まれているから、こんなにも惹きつけられるのか。
崩壊の後には再生が待っていると信じられる画面作りが素晴らしい。
柔らかい光を帯びたドアップの美しさ!
背中に回した指先。首すじ。手袋。
プラトニックだから余計に官能的。
どうやら私は、監督アンヌ・フォンテーヌ×撮影クリストフ・ボーカルヌの映画が好きみたいです。
しかし、それにしてもラヴェルの頑ななことよ。ものすごい自制心。
むしろそうなる事を恐れていた気配すら感じます。
ともかく、その思いの全てが創作へ注がれたお陰で、名曲の数々が生まれたのだと思える説得力がありました。
環境音として随所に入れられた小鳥の囀りも印象的。
時代が前後するので、ザックリとしたラベルの生涯を知っていた方が良いかも?