ボレロ 永遠の旋律 : 映画評論・批評
2024年8月6日更新
2024年8月9日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
「ボレロ」とラヴェルの生涯が見事にリンクする
小太鼓で始まるシンプルなフレーズにフルートやクラリネットが加わり、徐々に壮大なオーケストレーションへとシフトしていく。その間、2種類の旋律が繰り返されるだけで、刻まれるリズムに変化はない。変わるのは音の強度だ。そして、最後はすべてが崩壊するように突然、幕を閉じる。この17分間のバレエ曲「ボレロ」は、フランスの振付家、モーリス・ベジャールによる劇的演出の下、伝説のプリマ、シルヴィ・ギエムやアルゼンチン出身のバレエダンサー、ジョルジュ・ドンによって表現され、今も世界のどこかで15分毎に演奏、または踊られているのだとか。
ある意味、クラシック音楽の枠を超えたこの名曲が、誰によって、どう作られたかを紐解くのが、作曲家、モーリス・ラヴェルの人生にフォーカスした本作。1927年、ロシア人バレリーナ、イダ・ルビンシュタインから新作バレエのための曲を依頼されたラヴェルが、後世に残る傑作を作曲するまでの約3ヶ月間、物語は主にラヴェルと関わった女性たちとの記憶を繋ぎながら進んでいく。音に敏感すぎて演奏に集中できず、ピアノコンテストに落選し続ける息子の才能を信じ続けた母親。ラヴェルに新作バレエの作曲を託すことでバレリーナとしての限界を越えようとするイダ。ラヴェルにとってのミューズであり、叶わぬ愛を捧げ続けたミシア・セルト。中でも、ラヴェルとミシアの関係はプラトニックに見えながら、添え難い者同士を深い部分で融合させる音楽の可能性を感じさせる。2人の間に漂う深淵でエロチックなムードを見逃して欲しくない。
印象的な場面が幾つかある。ラヴェルは窓際に佇むミシアが扇子を開けたり閉じたりする音と反復されるリズムに鋭く反応する。ラヴェル所縁の地、スペインに伝わるボレロの原型と言われる舞踏曲にインスパイアされる。それを少しずつピアノで演奏しながら、楽譜に置き換えていく。雨垂れ式に描かれるこれらのエピソードは、名曲「ボレロ」が偶然の閃きで生まれたのではなく、作曲家が人生の断片を苦しみながら、少しずつ具現化した結果の産物だということを伝えていて、なるほどと思う。
ラヴェルにとって「ボレロ」は、まさに記憶をかき集めた人生そのものだったのだ。「ボレロ」とラヴェルの生涯が見事にリンクする映画の幕切れは運命的で、同時に感動的だ。
「ココ・アヴァン・シャネル」(2009年)や、第二次大戦末期のポーランドで起きた修道女たちの悲劇を描いた「夜明けの祈り」(2016年)で知られるアンヌ・フォンテーヌ監督は、ラヴェルの実家、ル・ベルヴェーデルでの撮影を熱望し、許諾を取り付けたのだとか。史実と想像のバランスに配慮した本作は、“アラン・ドロンの再来”と呼ばれるラヴェル役のラファエル・ペルソナの美しさとも相まって、端正で品格がある人物伝に仕上がっている。
(清藤秀人)