「あなたは今、幸せですか?」ホウセンカ あんのういもさんの映画レビュー(感想・評価)
あなたは今、幸せですか?
現代人に「あなたの趣味は?」と尋ねると、「無い」と答える人が多い。「休日は何をして過ごす?」と尋ねると、「わからない」「スマホを見ていたら終わっていた」と答える人が多い。では、趣味がスマホをスクロールすることなのかというと、そうではない。趣味と言い切れるほど熱量を持って、自分の意思で取り組んでいることが無いようである。なぜそのような人が増えているのか。要因はいくつかあるが、最も大きな要因は、楽なことが幸せだと思っているからである。何となくスマホを眺め、その時が、楽でなんとなく楽しければそれで満足だと思っている。満たされれば他に何もする必要はない。他人と同じ色に染まれば安心する。実に空虚である。それが現代に生きる大多数の人の趣味であり、娯楽である。この映画は、そんな過剰な幸せに囲まれ、幸せが当たり前な現代に生きる我々に対して、苦しみの中にある泥臭い幸せについてのメッセージを投げかけている。
主人公の男には、好きな女がいた。その女が連れていた小さな子供と三人で同棲をすることになる。同棲を始めて間もない頃にデートへ出かける。それは、男の趣味である近所を歩きながら地図を書くというもの。男はどこで何をするかということではなく、ただ二人でいることに幸せを感じていた。それは女も一緒だった。新しく進む道の先で見つけた場所や、店、味を二人で共有する。ただそれだけのデート。この二人のあまりに美しく儚い愛。
同棲してしばらく経っても男は女と籍は入れない。女は籍を入れたがったが、男は自分がヤクザだったため、女にヤクザの女房という大変な思いはさせたくなかった。男は女のことが好きだった。籍も入れたかっただろう。しかし男は、それを口にすることができない。心優しく、思いや気持ちを言葉にして伝えられない。とても不器用な男。
子供が幼稚園に入る頃になると、心臓に病気が見つかり、手術のために多額の費用が必要になる。資金調達のため、男は本格的な犯罪に手を染めることを決意する。全ては子供の命のため。自分の幸せよりも女と子供の幸せを常に願った。男は資金調達に成功し、手術の手筈を整え、警察に出頭する。判決は無期懲役。女とは籍を入れていなかったため、死ぬまで面会をすることはできない。子供はすくすくと育っていく。
その後、男は死んでゆく。女と籍を入れなかったために逮捕されてから一度も顔を見ることも声を聞くこともできずに。自分のことを犠牲にして命を救った子供にも、感謝されずに、刑務所に入っているという理由で悪者扱い。それが男の一生を捧げて得たもの。死んでいく男は何を得て、この世に何を残したのか。この男を見ているとそう感じてしまうかもしれない。愛や自己犠牲で自分が得られたものや、この世に残せたものは無いように見えてしまうかもしれない。人の人生とは何と地味で、ちっぽけで、意味がないか。そう思ってしまうかもしれない。
否、人の人生とは、他人から見ると実にちっぽけでくだらない。しかし、その人生を生きた本人にとっては、それはまるで違う。男は、自分が願い、望んだことの全てを叶えた。しかし、その願ったことの全てが自分のことではなく、他人のことだった。だから男のもとには何も残らず、男は何も得られなかったように見えてしまうかもしれない。しかし男は全てを得て、全てを残し、死んでいった。多くの失敗と、多くの後悔の中、不器用ながら、もがき、苦しみ、自分だけの泥臭い幸せを手にした。そんな他人の幸せについてとやかくいうことができるのか。人の人生は、他人が測ることはできない。
