「病気で記憶を失っても、決して君のことは忘れないと永遠の愛を誓いあうふたりの姿には、感動で涙を禁じ得ませんでした。観る者まで穏やかな愛の波動に包んでくれる秀作です。」エターナルメモリー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
病気で記憶を失っても、決して君のことは忘れないと永遠の愛を誓いあうふたりの姿には、感動で涙を禁じ得ませんでした。観る者まで穏やかな愛の波動に包んでくれる秀作です。
アルツハイマーで記憶を失っていくジャーナリストの男性と彼を支える妻の愛と癒しに満ちた日々を記録した、チリ発のドキュメンタリー作品です。
監督は『83歳のやさしいスパイ』(2020)でチリの女性として初めてアカデミー賞にノミネートされ、本作でも同長編ドキュメンタリー賞にノミネートをはたす快挙を成し遂げたマイテ・アルベルディ。
●ストーリー
南米チリ、夫婦の寝室。「君は誰なの」と訊ねるアルツハイマーの夫。向き合う妻は、自分と夫が何者なのかを諭すように語ります。手探りで進む対話はユーモアすら漂っていました。
夫は、著名な元ジャーナリストで、ピノチェトの独裁政権を生き抜いた反骨精神溢れるアウグスト・ゴンゴラ。テレビでは文化芸術の番組も長年担当していました。
妻は、チリの国民的女優にして同国初の文化大臣となったパウリナ・ウルティア。20年以上にわたって深い愛情で結ばれてきたふたりは、自然に囲まれた古い家をリフォームし、読書や散歩を楽しみながら毎日を丁寧に暮らしていたのです。
若さ日の夫による取材映像が挿入され、軍事独裁下の生活など激動の国内史が2人の歩みと重なります。
そんな中、アウグストがアルツハイマーを発症し、少しずつ記憶を失っていくのです。やがてアウグストは、最愛の妻パウリナとの思い出さえも忘れてしまいます。失われゆく記憶に泣く荒波の日も、陽気にダンスする凪の日も、その日がどんな日であってもふたりの愛は変わりませんでした。夫は撮影後に亡くなるが、慈しみに満ちた夫婦愛は永遠に刻まれています。
●解説
本作は、チリの文化人カップルを、4年をかけ記録したドキュメンタリーです。アルツハイマーを患った夫アウグストと、困難に直面しながらも彼との生活を慈しみ彼を支える妻パウリナの、ささやかな幸せにあふれる丁寧な暮らしと、ふたりの愛と癒しに満ちた日々を記録した並のドキュメンタリーを越える感動作であり、究極の夫婦愛を描いたラブストーリーといっていいでしょう。
でも描かれるのは、夫婦の何気ない日常です。髪を拭き、髭を剃る。手を繋いで散歩する、そんな社会的地位のある著名な夫婦にそぐわぬほど、親密で小さな日々の営みに目をつ密着していくのです。けれども、ここが注目点!互いを見つめる眼差しの一つひとつに愛の火が灯っているではありませんか。そして交わされるのは、熱烈な愛の言葉なのです。これが日本だとどうでしょう(^^ゞ二人のような結婚して20年経った夫婦は、倦怠期を迎えて、ろくな会話すら交わさなくなるご家庭が多いのではないでしょうか。なので本作のように熱烈な愛の言葉なんて、気恥ずかしくて言えないというご夫妻がほんんどといっていいでしょう。
パンデミック時はパウリナにカメラを託し現在進行形の夫婦を捉えていました。また結婚式や旅行など、過去の家族ビデオの映像も使用。時系列を自在に行き来する編集で、温かな「人に歴史あり」の映画となりました。
アウグストは言論統制を敷く軍事独裁下で、国の忘却に逆らい、真実の報道を求め取材を続けた人です。そんな彼が認知症を患い、消えゆく記憶と格闘するのは奇妙な運命の巡り合わせなのでしょうか。
その意味では、個人史と国の歴史が絡み合う、記憶とアイデンティティーの重層的なドラマにもなっています。
アルベルティ監督は、老人ホームが舞台の前作「83歳のやさしいスパイ」でも、高齢者目線に立ち、愛と老いの問題にしなやかに切り込んでいます。
記憶障害から生じる混乱など、時に辛い介護の現実も映る。全てを理解し夫婦に寄り添うような飼い猫は小さな名脇役といっていいでしょう。しかし、人生の大波小波の後に残るのは、たしかに大きな愛の記憶なのでしょう。
●感想
次第にアルツハイマーが進行して、記憶が失われる時間が長くなっていくアウグストでしたが、つかの間の正気の時間にパウリナとのデートを楽しむラストシーンが印象的。どんなに病気で記憶を失っても、決して君のことは忘れないと永遠の愛を誓いあうふたりの姿には、感動で涙を禁じ得ませんでした。観る者まで穏やかな愛の波動に包んでくれる秀作です。
旦那を不用品交換に出品したいと本気で思っている日本の奥様。ぜひおふたりでご覧になって、夫婦の関係を見直してほしいものですね。