劇場公開日 2024年8月23日

「口にして伝えたい想いと口にしても叶わない願い」エターナルメモリー うぐいすさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5口にして伝えたい想いと口にしても叶わない願い

2024年8月23日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

チリに暮らす一組の老夫婦、アウグストとパウリナの暮らしに密着するドキュメンタリー作品。夫アウグストがジャーナリスト時代に収録した映像やプライベート映像を交えながら、アウグストの半生の記録と夫妻の今の心境を収めている。

構成がはっきりした報道的なドキュメンタリーとは異なり、過去映像以外の撮影時期は明示されず、ナレーションや第三者からのインタビュー等もなく、アウグストとパウリナの日常が淡々と並べられていく。その生活の中心はアルツハイマーを患ったアウグストの介護である。序盤はアウグストがパウリナの職場について行ったり、二人で運動療法や散歩に行ったりと、病気のイメージよりも活動的な様子が伺える。
アウグストに病識があり、荒れるタイプの症状ではなかったからそういう生活ができていたのだろうが、その分、病状が進行してパウリナのことや現状を思い出すのに時間がかかったり、幻覚や妄想に囚われる時間が増えてきた時期の衝撃が大きかった。

本編中のアウグストに対するパウリナの対応は、もしかしたらアルツハイマーの患者に対するセオリーから外れたものもあるかもしれないが、心を引き出し認識と現実のずれを正すことがアウグストの望みだったのだろう。根気強く彼に説明しアウグストを現在に引き戻そうとするパウリナの献身と、それを繰り返す強さが胸に刺さった。

中盤で若きアウグストが述べるように、彼は事実の記録だけでなくそこで生じる感情を併せて記録することを大事にしている。そのため、作中でパウリナがアウグストに過去や現在の心境をたずねる場面が多い。序盤と終盤でパウリナは同一の質問をアウグストにするのだが、アウグストの回答が真逆になることが悲しく、また共感もできた。

2人の間には常に会話があり、本編中のどの時期でもアウグストはパウリナへの愛と感謝を口にする。彼は元気な頃から素直にポジティブな気持ちを伝えられる人だったのだろう。また撮影のほとんどの舞台となる自宅は、2人のパートナー生活の初期から住んでいる場所らしく、2人の歴史を見守ってきた建物である。初めは床と壁しかないような状態から、今なお手入れをしながら暮らしている様子に心が和んだ。
長いパートナー生活を経て2人が結婚したのはアウグストがアルツハイマーを発症した後だったようで、アウグストにとってパウリナと密に時間を過ごすことが終活だったのかもしれない。筋書きが無いのに、非常に濃い85分だった。

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うぐいす