「本土復帰するまでのコザの25年間」宝島 akkie246さんの映画レビュー(感想・評価)
本土復帰するまでのコザの25年間
「アキサミヨー」戦後すぐ、コザで住民や自分たちが生き延びるために悪ガキたちが基地泥棒を繰り返していた頃の英雄譚。映画では裸足と汗や日焼けにはこだわっていたらしい。
SONY、東映、電通。
真藤順丈さんの原作(講談社刊)もaudibleで松本健太氏の朗読で拝聴しました(合計18時間超)。
沖縄の史実を踏まえたアクション活劇。主要登場人物たちはいずれも原作から。
(VXガスとヤクザとフェンス越しの基地が原作の裏テーマとも言えるのだけど三時間かけた映画なのに説明描写がもの足りなかったように思う。)VXガスが、そもそもわかりにくいのだから、怖さが伝わりにくいのでは? 仮に毒物が「サリン」だとしても、小説上ならともかく、映画では緊張感は出しにくい。缶に何が入ってるかわからないのだから。登場シーンの少ないレイをいきなり出してきて、ほいよ、VXガスを作った、これから基地で脅すために使うよ、という唐突な計画説明は、脅迫相手(グスクや米軍のお偉いさんたち)に信用性が低い。これは原作でもそうだったと思うが、映画でも唐突にやってしまったためにせっかくのクライマックスが不自然な展開に。
米軍側に、毒ガス技術者が誘拐されているので焦りがあるとかを、あらかじめもっとちゃんと見せないと(バーの黒人が英語で語ってはいたが)。あとリアルには、あの程度のマスクでどうにかなるものではないだろう(レイの自爆テロだったとしても)。レイの「計画」の信憑性が低すぎるので、そのあとの白骨死体のある洞窟でのウタによるオンちゃん逃亡生活の長い語りも信憑性が薄まっていた。残念。
コザ騒動(「コザ暴動」とも。言い方でぜんぜん変わる)は、1970年のクリスマス直前に、コザで起きた現実の事件であるが、対アメリカ軍相手の騒動であったにも関わらず、死亡者はゼロだったという(負傷者、逮捕者あり)。
とは言え映画で再現していたような混乱は起きていたらしい。ただ、映画の直後の基地内の出来事は小説のフィクションなので、もし本当に死んでいたら死者一名ということになってしまう。
いま、これを主題にした映画製作が可能だったことが単純にすごいとは思う。やりすぎないように、史実を踏まえて再現したのだろうけれど、迫力はあった。仕方ないのだろうが、基地内の描写が非常に少なかった。
基地に侵入できた時代があったのは確かだろうから。
クライマックスの1970年というと、大阪万博があった年で、有名人でいうと阿部サダヲさんとか岡村隆史さんが生まれはった年で、比較的近年なのである。
であるけれど、皆忘れている(生まれてない方も多かろう)。アメリカはベトナム戦争をやっていた最中である。ベトナムでは「地獄の黙示録」や「プラトーン」のようなことがあった。
アメリカ軍も狂気に満ちた戦争にはまっていたのだと思う。ただ犯罪容疑兵士たちの処分は甘く、基地の町の人々の人権はとても軽んじられていた。
そもそも沖縄は、明治維新で日本に組み込まれたあと、昭和になって米軍の沖縄上陸戦で、地上攻撃や自害を強要されたなどの悲惨な目に会い、戦後も基地の島として米軍統治下での混乱状態がながーく続いたということなのだと思う。
若い人たちにこそ、見るべき映画だと思う。昭和のオキナワ史をここから学ぶのもありだろう。コザ騒動と本質は違うのかもしれないが、本土、東京では1969年には東大安田講堂攻防戦もあった。東京のど真ん中の事件なので有名だが。
グスクだけを主人公にするなら、リュウケイ(琉球警察)の雰囲気とか、原作通り中盤で警察やめて「探偵」になっていたりした方がコミカルで妻夫木聡の雰囲気にも合う。
原作と比べると、瀬長亀次郎氏に関する言及とか、語り手の主観みたいなところはことごとく取り除かれていた気がします。それでもラスト近くの基地内でのVXガスのやり取りなど原作とは少し異なる形ではありますが、なんとかおさまっているのにこの映画の運命を見ました。(役者陣に苦労のあとが見えました。)
あの日突然消えた「オンちゃん」が、どこまで行って死んだのか(まだ生きているのか)の謎をずっと探っていたのが弟のレイと、刑事になったグスク。それを体現しているのがウタと呼ばれるハーフの子供(劇中の数年で若者に育つ)。ウタを主人公にしてウタと義父オンの生涯を知ることがたぶんこの原作の隠しテーマだろう。でももっとフロントにだすべきだったのかも。(最後に飛び出して射殺されるという悲しい結末)
御嶽(のような場所?)で生まれた赤ん坊のためにずっとこの物語が語られてたのだから。(そもそもの着想がどこで湧いたのか気になりますが)どうせやるなら、ハーフの子どもたちをほかにもたくさん出すべきだった。現代に作る意味はそこにあるのに。(すこし違うが「スワロウテイル」みたく)
映画版では、PG12にはなっていたけれど、そこまで残酷な場面はありませんでした。もちろん人によるのだが。たとえば、小説版(朗読版)では戦果アギヤーたちは武器を収奪し、それを使用しながら逃走するのだけれど、映画版では武器は一切奪っていないことになっている(なっていたと思うが、彼らは撃たれていた)。
コザの歓楽街がわりとメインででてくる(つまり嘉手納基地の恩恵を一番受けているということ)のだが、原作ではヤクザ、不良、政治の話がてんこ盛りなのに対してその辺はスパッとカット。
映画「宝島 HIRO'S ILAND」
映画を観た後では、オンちゃんは、永山瑛太、ヤマコは、広瀬すず、グスクは妻夫木聡、レイは窪田正孝を想起させるようになりました。
かなり駆け足で物語に入ってゆくものの、ずっとそのまま駆け足で終わってしまった感あり。三時間超はそれほど長くは感じられないものの、半日はまるまる潰れるのだから、大作には大作なりの責任がある。
映画と原作は異なることも踏まえてはいますが、音楽も良かったし、美術や衣装さんも頑張っていたことがとてもわかるのですが、世界中の子どもたちにみせたいのなら、原作で一番弱点の部分、「ハーフの孤児のウタの生涯」「なぜオンが英雄なのか」「少年時代に泥棒だったグスクが警察に入って苦労したり得したエピソード」「リーダーの女だったヤマコが独身を貫いて教師になりさらに強い女になってゆくエピソード」「兄をさがすために悪石島まで渡って兄が生きた痕跡を見つけたけど首飾りをもらって愕然としたエピソード」などをしっかり書いてほしかった。原作を映画でやればそれぞれが三時間ずつやってもいいくらいの分量があると思う。
九月公開の理由がなぜだかわからないが、沖縄戦終結の六月にするか、全国が終戦に向かう八月にしとけばよかったのかも。あとは思い切って冬にするか。とにかく尺も公開も伸ばしすぎだった。コロナ等での延期につぐ、延期があったらしいけど。
