劇場公開日 2024年11月15日

「タカ目線での対比構造で深みが増す」室井慎次 生き続ける者 ねむねむさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0タカ目線での対比構造で深みが増す

2024年11月30日
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もはや殺人事件が無かったとしても、挫折した室井が幸せを手にするストーリーは描けている。なので事件を省いて人間描写に集中した方が、論理的な飛躍を埋めることが出来たかもしれない。しかし、監督は「映画を作ると説明が足りないと言われるが、良い小説は読者に考えさせる。映画もそうあるべき。」という趣旨のことを言っているので、ここは彼の考えに素直に従ってもう少し咀嚼して味わった方がいい作品なのだろう。
そこで私もタカについて深掘りして考えてみた。タカにとっての父親はヤクザと元警察官僚の2人。ヤクザは「情けねぇ」と泣きながら酒に溺れ、室井もまた警察組織で敗れた情けなさに苛まれていた点で共通している。他方で、タカが見た酔っ払った室井は「寒くなんかねぇよ」と未来への希望を語っているところに対比関係がある。失恋を機に「所詮、人は孤独なものだ」と悟ったタカだったが、それでも人生に絶望することなく歩みを進められたのは室井から生きる力を授かったからこそと思う。こうした親としての対比と子どもへの影響はリクや杏にもあるかもしれない。
私たちが見た室井は決して強くも完璧でもない男だった。それでも弱さを直視し、不器用にもがきながら生きる愚直さが堪らなくカッコいい。シナリオや演出の粗は関係なしに心を揺さぶり、彼が遺したものを考えるたびに味わい深さが増してくる。

ねむねむ