「「踊るシリーズ」のファンの期待を裏切る、警察ドラマではなく模擬家族の物語になってしまった。」室井慎次 生き続ける者 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
「踊るシリーズ」のファンの期待を裏切る、警察ドラマではなく模擬家族の物語になってしまった。
1997年から2012年にかけて制作されたフジテレビ系列のテレビドラマ及びその劇場版映画作品である『踊る大捜査線』シリーズで柳葉敏郎が演じる人気キャラクター・室井慎次を主人公に描く映画2部作の後編で、『室井慎次 敗れざる者』の続編。
注目は『踊る大捜査線』シリーズの主役である青島俊作が『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』以来12年ぶりに登場することです。
●ストーリー
警察を辞めて故郷の秋田に戻り、事件被害者・加害者家族の支援をしたいという思いから、タカ(齋藤潤)とリク(前山くうが・前山こうが)という2人の少年を引き取り、暮らしていた室井慎次(柳葉敏郎)。
しかし、彼の家のそばで他殺死体が発見され、さらにかつて湾岸署を占拠した猟奇殺人犯・日向真奈美の娘だという少女・日向杏(福本莉子)が現れたことから、穏やかな日常は徐々に変化していきます。かつての同僚であり今は秋田県警察本部長になっていた新城賢太郎(筧利夫)に頼まれ、警視庁刑事部捜査一課の若手刑事・桜章太郎(松下洸平)とともに捜査に協力することになった室井。そんな彼のもとに、服役を経て出所してきたリクの父親柳町明楽(加藤浩次)が訪ねてきます。 室井は明楽からもう二度と息子に暴力はしないという約束を取り付けたうえで、リクを父親の元に一旦は返したのですが…。
●解説
脚本の君塚良一が2022年冬、「とにかく室井を書きたい」と亀山千広プロデューサーに連絡したのがきっかけで動き出した「踊るシリーズ」の新作企画。しかしオファーをかけても、『柳葉=室井慎次』というイメージが強くなりすぎて、俳優業がつまらなくなっていて、できる限りそのイメージを払拭したくて仕事をしてきた柳葉敏郎から、「俺が納得いくような説明をしてくれ」と要求されて、ニベなく断られてしまいます。
しかし2回目の会議では、君塚と亀山の、室井に対する熱い思いをひしひしと感じた柳葉が、当たり役を作り上げてくれた2人に恩返ししなければ、という思い変わって、撮影にこぎ着けることができたそうです。
それでも柳葉の心の内には、室井の姿は今回で見納めにしたいという強い決意があったのでしょう。その意向が強く脚本に反映されて、「踊るシリーズ」のファンにとって驚きの結末を迎えることになりました。
企画がスタートするや、柳葉は「制服やスーツ、コートという鎧を脱ぎ捨てた室井は何か出来るのか、何のために生きるのか。」問いつづけてきたそうなのです。そして室井を演じきることに凄まじい責任感をもって役に当たりました。その意気込みは、本作をご覧になった方なら感じられると思います。そのストイックで、一途な役者精神は、どこか室井と共通するものを感じさせます。
室井は今回で降板となりますが、柳葉が残してくれた本作の演技は、見た人の心の中にずっと『生き続ける者』となることでしょう。
●感想
本作は「踊るシリーズ」のファンの期待を裏切るものとなりました。「踊るシリーズ」の核心は、警察の官僚組織の改革にありました。しかし青島刑事との約束を実現できずに警察を辞めてしまった室井を描いても、もはや警察の官僚組織の改革なんて無理なことは誰にも明らかです。それでも室井がしたためた捜査改革案のレボートが秋田県警察本部長の新城によって評価されて、警察組織に浸透していく予感をさせるということでお茶を濁しているのです。もし君塚さんが、本腰入れて青島刑事との約束の顛末を中心に据えたのなら、警察組織が抱える問題点にもっと肉薄し、事件は現場に落ちているのにそれを無視する実態を鋭くえぐり出していたはずです。
しかし君塚さんは「踊るシリーズ」の核心を回避し、本作の軸を室井が退職後に作り上げた摸擬家族の物語にしてしまったのです。これはこれでいい話に仕上がっているのですが、「踊るシリーズ」の話ではなくなってしまっているところが問題です。
前編で、秋田県警と警視庁の合同捜査態勢が敷かれて、室井の自宅周辺で大規模な捜索が行われた殺人事件も、殺された被害者が、かつてのレインボーブリッジ事件の犯行一味の一人だったという設定からは、室井も捜査に参加して、犯人像と昔の事件との接点に迫る展開が考えられたのに、後編の本作ではほとんど無視されてしまいました。
前編のラストで室井の自宅倉庫が放火されるシーンも、室井一家の身辺に危機が及ぶのかと思いきや、あっさりと犯人が判明し、放火を白状してしまうのです。これでは放火の背後で関与したと思わせる獄中の日向真奈美の魔の手が全く活かされなくなってしまいました。
唯一緊迫感あるシーンは、出獄してきたリクの父親が、室井の自宅を急襲し、乱闘するという顛末くらいです。もはや警察ドラマではなくなってしまったのが、本作の前後編だったのです。
皆さん期待の青島刑事の出演シーンも、エンドロールの後のみの限定されたものになってしまいました。それでも彼らしい登場の仕方なので、ぜひ30年ぶりの再会を楽しまれてください。
●最後に
ついでに秋田犬のシンペイが本作で大活躍します。思わず凄い演技力と唸るシーンも後半出てきます。