劇場公開日 2025年2月14日

「モラハラ家父長制意識をあぶり出す作品」聖なるイチジクの種 Jaxさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5モラハラ家父長制意識をあぶり出す作品

2025年2月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

160分を超える内容だが、常に緊迫感があり、退屈しなかった。デモやそれに対する警察の弾圧など実際の映像も使われているため映画と現実の境目がわからなくなってくる。

舞台はホメイニ革命以降、特に家父長制の根強いイラン。レイプ被害者が拷問を受け、死刑判決が出る男尊女卑の権化みたいな国である。

本編における父親は一見家族のために職務に忠実にあろうとしている。
予審判事として出世が決まったことで、広い家に住んで娘達も一人部屋が持てると妻は大喜び。しかし実際の仕事は民主化や女性の権利を求めるデモの参加者などを毎日何十人もろくに調べもせず逮捕し、拷問し、死刑にするような過酷な仕事だった。正義に目をつぶればこの先も国家の公僕として安泰だが、逆らえば仕事も家も失う。
正義と国家との間で板挟みになる夫を妻は必死に励ましなだめる一方で、娘達はデモ参加者に理解を示し、擁護する。

そんな中、家に保管していた銃が消える。このままではこれまで積み上げてきた立場もすべて失うと恐れる父親。
微妙なバランスで成り立っていた家族が崩れていき、家族のため、と言い聞かせて仕事をしてきたその父親が、自身を苦しめている国家権力のように家庭で権力を振るっていく様がよく描かれている。

そもそも銃がきっかけでどんどん父親が横暴になっていくとは言え、この一家の危うさや家父長制っぷりは序盤から随所で描かれている。

夫がド深夜に帰ってきても妻は起きて待ってなきゃいけない
夫に「食洗機が欲しい」といちいちお伺いを立てなければ妻は自由に家電も買えない
家族と食事すると決めたら、どんなに遅くなっても子供がおなか空かせてても父親の帰りを待たなきゃけない
父親は子育てにほぼノータッチなのに何かあれば母親のせいにする
国に統制されてるニュースに娘がケチつけただけでキレる父親
ヴェールをかぶらなかっただけの女性が不当逮捕され拷問されるニュースに、自分の娘はそんなふしだらなことはしないと権力側を擁護
娘が髪を染めるとか爪に色を塗ることを望んだだけで異常扱い
娘の友人がデモに巻き込まれて怪我をしても暴徒扱い
というか夫は髭くらい自分で剃れよ・・・・・・など

一つ一つは些細なことでもこんなことが積み重なればいい加減娘達は勘弁してくれと言いたくもなる。
そのたびに母親は折れて、娘を責め、必死に父親の機嫌を伺い、そんな母親の姿にも娘達はうんざりしている。

・・・とはいえ日本でもこの程度のモラハラDV男は残念ながらいくらでもいる。モラハラと認識すらされてないかもしれない。

日本のジェンダーギャップ指数ランキングは116位、イランは143位、いずれも最下位から数えた方が早く、日本は順位でいえば他の先進国よりイランの方がずっと近いのだ。

おそらく家父長が当たり前だと思っている人は、上記の父親の振る舞いの何が悪いかわからないだろう。父親に同情的にすらなったり、妻や娘を責め立てたりするかもしれない。

この映画を見せて父親に肩入れして擁護するようなら立派なモラハラ予備軍、あるいはすでにモラハラ加害者かもしれない。相手の男尊女卑意識をあぶり出す試金石にしても良いかもしれない。

監督はイラン当局から有罪判決を受け、命からがらなんとか海外に脱出したが、スタッフや俳優達は国内にとどまざるを得なかったため、カンヌ映画祭の授賞式に出席することすら出来なかった。
今でも女性の権利や自由をめぐる戦いは続いている。その戦いの場は、家庭内も例外ではないのだ。

Jax