劇場公開日 2025年2月14日

「身近な場所からの権威主義の崩壊」聖なるイチジクの種 ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0身近な場所からの権威主義の崩壊

2025年2月16日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

難しい

預言者『ムハンマド』が、
その下で啓示を受けたと伝えられていることから、
イスラム教では、無花果は聖なる木とされているらしい。

とは言え、本作の冒頭で示される一節は、
聖なる無花果の種が発芽し、
主となる木を巻き込んで成長
やがては主木を滅すというもの。

これはなんの寓意を示しているのだろうか。

2022年9月にクルド人女性の『マフサ・アミニ』が
へジャブの着け方を理由にテヘランで道徳警察に逮捕され、
まもなく勾留施設で意識不明に陥り、
三日後に病院で死亡した事件がコトの発端。

その後、イラン全土で、主に女性による
大規模な反政府デモが発生。
彼女たちはスカーフに火をつけて抗議の意を示した。

この一連の抗議と政府による弾圧の映像は
SNSにアップされ拡散、
本作でも使われている。

そこに映っているのは、
市民に対し散弾銃を水平射する治安部隊。

たとえ暴徒相手でも、
同胞に銃口を向けるのは躊躇いがあるものではないか。
それを何の迷いも無く行うことに戦慄を覚える。

テヘランで妻娘と暮らす『イマン』は長年の貢献が認められ
裁判所の調査官へ昇進。
給与も増え官舎も与えられ、
ゆくゆくは判事への昇格も見えて来た。

その一方、官に属することで
市民からは怨嗟の目を向けられ、
いつ報復を受けてもおかしくはない。

護身用にと支給された拳銃が、
ある日家の中で消えてしまう。

家探しをしても見つからず、
彼は妻と二人の娘に疑いの目を向ける。

貞淑な妻は二十年以上も献身的に夫に尽くしている。
一方の娘たちは女性が抑圧される国の情勢を不満に思っている。
三人とも、銃の行方は知らないと頑なに否定する。

そんな中、『イマン』の個人情報がネット上にアップされたことで、
彼は家族ともども身を隠す決断をするのだが、
次第に精神的に追い詰められていく。

〔シャイニング(1980年)〕を思わせる
「狂気に囚われた夫/父親」の構図がここでも現出する。

霊に取り憑かれた訳でもないに、
家族に対しての執拗な行為は
傍目でも異常な上に、目的すら判然としない。

やがて悲劇的な結末を迎えるも、
これは最小単位である家族に仮託し、
国の行く末を描いて見せたのではないか。

身内に刃を向けることの
普遍的な帰結を提示したものと受け取る。

三時間近い長尺も、序破急の流れが巧みで
冗長さは感じない。

制作上の制約もあろう、
登場人物も過少、
舞台となる場所も少ないことが
却って濃密な空気を生み、
観ていて息苦しくなるほど。

銃が消えた理由付けは
やや弱い気もするが、
この国に住まう女性の代弁としては成立する。

三界に家無しの状態を目の当たりにし、
国家とは宗教とはを
改めて考えずにはいられない。

ジュン一