劇場公開日 2024年9月6日

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「2024年に実写化された『夏目アラタの結婚』は、同名のベストセラー...」夏目アラタの結婚 R41さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 2024年に実写化された『夏目アラタの結婚』は、同名のベストセラー...

2025年10月26日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

2024年に実写化された『夏目アラタの結婚』は、同名のベストセラーコミックを原作とする作品である。
死刑囚との結婚という衝撃的な設定を通じて、人間の本心、制度の意味、そして「結婚」という行為の本質を問いかけてくる。

物語の中心にいるのは、死刑囚・品川真珠と児童相談員・夏目アラタ。
真珠は、母の死に様を通して「金も夢も希望もない毎日」を生きる意味のないものとして認識する。
母の「楽になりたい」という言葉だけが、彼女の心の中で唯一の意味として残り、それが彼女の価値観を形成していく。
真珠の行動は、一般的な倫理観からは大きく逸脱している。
だがその根底には、幼少期の虐待や義父の脅しによって歪められた心の構造がある。

彼女が犯した殺人は、ある意味で「クソみたいな毎日」に疲れ切った人々を救うための行為だったとされる。
囚人という状況下で、彼女に残された唯一の行動は「待つ」ことだった。

この「待つ」という行為は、少女が白馬の王子様を待つ夢にも似ている。
現代社会では「待つだけじゃ何も起きない」と切り捨てられるが、真珠は幼い頃に嗅いだ「ニオイ」を手がかりに、希望の糸を手繰り寄せようとする。

人間にとってニオイとは、見えない記憶の線を手繰るようなもの。
真珠にとってそれは、唯一の希望だった。

一方、夏目アラタは児童養護施設で育ち、児童相談所で働く中で「可哀そうな子供を救いたい」と語る。
しかしその言葉の裏には、自分自身の過去との折り合いをつけるための慰めがある。
彼は「それよりはマシ」と思うことで安心感を得ていた。

真珠との関係の中で、アラタは自分の本心に気づいていく。
「真珠を大切に思っていた」という感情が、彼の中に芽生えていたのだ。
人間の心には、表面上の理由と本心が同居している。
しかもその本心さえも、コインの裏表のように二面性を持つ。

『夏目アラタの結婚』は、この複雑な心の構造を「結婚」という制度に落とし込んで描いている。
子供が不幸になる原因は、間違いなく両親にある。
2025年現在、日本には約5万人の子供が児童養護施設で生活している。
結婚という制度が生み出す「かたち」が、そこにある。
児童養護施設で育った子供たちは、結婚の重さを実感として体験しているのだ。

アラタは、山下タクトとの約束で「結婚」を口走る。
真珠はその言葉に希望を見出すが、同時に彼女はその嘘を見抜いていた。
4人を殺した真珠は、絶望の中で希望の糸を見つけた。
黙秘を一転させたのは、その糸を手繰り寄せるためだった。

初めての面会で、アラタの手のニオイに記憶が呼び起こされる。
真珠の唯一の希望が眼前に現れた瞬間だった。
絶望の淵で見つけた最後の希望──それが夏目アラタだった。
アラタは、自分のことを棚に上げ、他人の「可哀そう」を見て自分の立ち位置を確認するように生きていた。
だが、アパートの前で蹲る少女にお情けをかけたその出来事が、真珠の伏線となり、実際に救われたのはアラタ自身だったのかもしれない。

死刑囚との婚姻という絶対無理な状況下で、自分自身を再発見する。
結婚も離婚も制度上は簡単だが、子供ができれば「責任」という重みが加わる。

少子高齢化と結婚しない若者たちが増える中、この作品は「結婚までの覚悟」を明確にしなさいと静かに語りかけている。
『夏目アラタの結婚』は、痛みと希望を抱えた人間が、制度の中でどう生きるかを描いた物語である。
そしてその核心には、「本心に気づくことの困難さ」と「それでも手繰り寄せる希望」がある。

R41
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