「分断された内戦の米国の中で描かれるジャーナリストの成長を描いたロードムービー」シビル・ウォー アメリカ最後の日 モルチールさんの映画レビュー(感想・評価)
分断された内戦の米国の中で描かれるジャーナリストの成長を描いたロードムービー
【はじめに】
本作『シビル・ウォー』で監督と脚本を担当したアレックス・ガーランドのデビュー作は『28日後』というゾンビ映画の脚本でした。その来歴もあってか、この映画は戦争よりも分断に伴う終末世界を描くのに多くの尺を使い、14ヶ月間インタビューに応じていない大統領(ニック・オファーソン)に突撃取材を敢行するために自動車で旅をするリー・スミス(キルステン・ダンスト)ら一行のロードムービーと、23歳のジャーナリスト志望のジェシー・カレン(ケイリー・スピーニー)の成長を軸に構成されています。
【所感】
リーたちジャーナリスト一行が遭遇するのは、『分断』です。一行がガソリンスタンドで遭遇する自動洗車機に吊された“略奪者”の拷問された姿に、ガソリンスタンドのオーナーはハイスクールの同級生だが、在学当時よりも拷問の時に一番言葉を交わしたと言い放っています。
かつての身近な人であり、会話の糸口になるような共通項は罪を許すような慈悲にもならず、ただ同じ地域に住んでいる持つ者と持たざる者だけの対立がそこでは描かれます。
ここでジェシーが“略奪者”の姿を撮れなかった事を悔やむことが描写されます。しかし、拷問を受けた”略奪者”の存在に気付いたのは、ジェシーなのです。彼女には間違いなく才能があるのです。
だからこそ、このエピソードの後にリーは破壊されたヘリ(H60?)を被写体に撮影するように、ジェシーに特訓をするのです。
本作の広告で何度も繰り返された「どういう種類のアメリカ人だ?」という質問をする赤いサングラスの男(ジェシー・プレモンス)のエピソードでは、ジェシーの未熟な行動が招いた故のトラブルだと捉える向きもあるでしょう。
ただ、赤いサングラスの男はあの道路で検問をしており、ジェシーが車を乗り換えなくても遭遇していた事態であります。
赤いサングラスの男に関して、パンフレットのインタビューでガーランド監督は、人種差別主義者だとカテゴライズしていました。けれども、彼は一人目は無言で射殺していますが、香港出身のジャーナリストは、外見がアジア系だからではなく、質問の回答によって殺されています。人種差別主義者の中でもさらに絞り込むならば、赤いサングラスの男は新規の移民を歓迎しない移民排斥派なのです。香港出身の男も例えばアメリカ最大の中華系居住州のカリフォルニア出身とでも偽ればその場は乗り切れたのではないか、と思えなくもありません。
もちろん、脚本の段階ではどんな俳優がキャスティングされるか分からないから、相手の視覚情報から人種を特定して射殺する流れにしなかったとも、一連の台詞を大切にしたかったなどもあるのでしょうけれど…。
いずれにせよ、私はジェシーを責めるのは酷だと思いますし、リーたちは14ヶ月インタビューに応じていない大統領にインタビューをさせるのにどんな取引をできるだけの材料を持っていたのでしょうか? PRESSSという事やリーの知名度でそれなりに尊重されると思っていたのでしたら、やはり脳天気だったと思います。例えば、サミーはラジオから流れる大統領の演説をいつもと同じだと言って切ってしまうシーンにもそれを感じました。
同じ演説でも何度も聞き、声の調子や使用している言葉の違いやスタジオの音響から現状を推測するのもジャーナリストの役割ではないでしょうか。現実の世界では、北の指導者の体型や歩き方からどんな病気を患っているのか推測される報道がなされています。非言語化されない部分や微かな違いにも、カーテンの向こうの事実が影を落としているはずです。
色々割り切れない思いもありますが、サミーをはじめ大量の死に直面してゲロを吐きながらも、大統領官邸に突入するシーンで自らをかばってくれたリーの死に様にも迷いもなくシャッターを切り続けるのは、戦場カメラマンとして彼女は確かに成長したのでしょう。
しかし、ワシントンでハンヴィーと激突する大統領専用車と、そして大統領官邸への突入の戦闘シーンは圧巻でした。この場面の戦闘の激しさや、ニュースでよく見る個々の部屋を戦場にして徐々に占拠していく様は、アメリカ政治の当事者ではなくても無理な要求を突きつける同国に鬱屈した感情を抱いたことがある日本人としてはある種のカタルシスを感じます。
ただ、交渉をする秘書官の女性も、命乞いをする大統領を拘束もせずに全て銃殺というのは、ビン・ラディン並みの扱いで、DNA鑑定を経て特別法廷で裁かれたフセインのようにもならないのは少々唖然としました。
グアンタナモ捕虜収容所で米軍が行っている虐待は知っていますが、日本人は80年前の戦争で『生きて虜囚の辱めを受けず』という思想から捕虜になると恥だし悲惨という考えを元に、沖縄や南洋の島々で軍人や民間人の集団自決を招きました。実態は、捕虜になった人々は意外な待遇や尋問への訓練を受けていなかったために様々な情報を提供する事になり、米軍は対日戦に捕虜の情報を役立てました。
この映画は元軍人を撮影に参加させてリアリティを追求したのに、そこは果たしてリアルだったのか、疑問を感じました。
エンタメや戦場という狂気を表現するには必要な描写であり、戦場ではどんなルール違反も悲劇も起こりえるという事もあるでしょう。また、西部勢力が支配してきた地域が正常で常識が通用する地域でもなく、国際法が通用する正規の軍隊と描写しない事で、この後のアメリカの苦難を表しているような場面だともいえるのかもしれません。
【妄想というか今後の展望】
そもそも本作の大統領が3選を目指して実現できたのはなぜなのでしょうか? パンフレットでは、トランプ前大統領が3期目の当選を目指した事を発言した事からこのような大統領を創作したと語られていますが、一人の大統領の意思だけではアメリカといえども憲法改正は容易ではなく、全州議会の75%の同意が必要なのです。
史実で3選以上を果たしたのは、フランクリン・ルーズヴェルトでした。4選という例外的な彼の長期政権を支えたのは第二次大戦という非常事態があったからでした。
続くトルーマン政権の1951年に3選を明示的に禁止する憲法修正22条がなされました。
アメリカ建国の際にワシントンが自ら3期を固辞したことからアメリカ大統領は伝統的に2期のみだと思われがちですが、それまでは一種の不文律のような慣習だったのです。
大統領はひょっとして、中国かロシアなどの大国との第3次世界大戦を背景に3選を果たしたのかもしれません。
そう考えると、米国の内戦において大統領が治める地域にNATOなり自衛隊なり米国外の勢力が存在しない理由も納得が出来るかもしれません。もはや、外国にも米国を助けたり関与する余裕がない世界なのでしょう。
私としては、この映画は壮大なプロローグとして、真面目にシビル・ウォーの世界をNetflixか何かで連続ドラマにしてほしいと思うのですが・・・特定の党や人物をぼかして観客に会話することを求める本作の監督の意向とも得意とする分野とも異なるので、ないと思いますが…2時間映画で終わるには惜しい作品だと思わされました。
あんちゃんさん
こちらこそフォローと共感ありがとうございます。
確かにトランプが次期大統領になった場合、何か理屈をつけて引き下がらない可能性が高いですね…次がトランプの指名した後継者でない限りは。
この映画が撮影されていた時はもしトラから確トラ、日本で公開される間にもしハリから誤差の範囲でトランプ優勢が伝えられていますが、仮にハリスが勝っても仰せの通り事件を起こしそうですね…。
共感ありがとうございます。私も気になっているのはもしトランプが当選した場合、次の4年間だけでは引き下がらないだろうということです。何らかの理屈でもって居座ろうとすることは間違いないと思います。そこがこの映画の設定とかぶってみえます。もしハリスが勝ったとしてもトランプと共和党はそれを認めないでしょうからおんなじといえば同じなのですが。
ひでちゃぴんさん、こちらこそお褒めのコメントまでありがとうございます!
この映画が現実にならないように私も願っています。大統領選でどちらの候補が勝っても、米国民ひいては世界をより良い方向に導いてほしいと祈りを込めて。
モルチールさん、共感&コメントをありがとうございます!まるでさきほど映画を観てきたかのように鮮明に思い出すことができるレビューを読ませていただき、感銘を受けました。かような世界にならぬことを祈念するばかりです。
こちらこそ、フォロー有難うございます!
4年に一度のビッグイベントなので、毎回この時期はBSの国際報道やYouTubeでも民放系をチェックしちゃいます😅